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仕事の話。TOEIC900点の現実。英語に苦労するマーケティングアラフィフ女子。

英語コンプレックスと私の歴史

私はずっと、英語にコンプレックスを抱えて生きてきました。
noteを読むと、皆さんの英語を使いこなして生きていく強さと賢さにうらやましさを感じます。その背後にある努力と飛び込む勇気には、敬意を覚えます。

私はというと、留学経験はなく、英語は苦手。
女子大生時代は“愛嬌イングリッシュ”で旅行や留学生との会話をなんとか乗り切っていました。英語の苦痛よりも、世界を旅したい、知りたいという好奇心が勝っていました。

小さな辞書を片手に奮闘していたあの頃。
怖いもの知らずで、若さと無鉄砲さと可愛さを武器に、勢いだけで突破できていた時代です。差別的なこともあったかもしれないけれど、鈍感力でスルーしていました。

外資系企業のマーケで英語が必須に

アラサーになって、ブランドのマーケティングで仕事をするようになります。
ここから英語は“必要な仕事道具”になりました。

今はなきYahoo翻訳を駆使してメールを書き、テレカンではスピーカーの前で固まり、英文レポートは私の英語の原型を留めない“別物”にネイティブによって再生産されていく。英語を取り繕って、なんとかやってきました。

学生時代には苦痛でなかった英語が、だんだんと苦しくなっていきました。
語彙がないから言いたいことを表現できない、
とにかく聞き取れない。
英語のできなさで空気が白けて、居たたまれなくなる。
英語力より、場のこなし力に磨きがかかりました。

面接だけはやけに流暢

転職の面接になると、私はやけに流暢です。
外国人エージェントに鍛えられた面接力で、自分の経歴を滑らかに語り、想定問答も予習済み。結果、英語が必要そうなハイブランドのポジションを勝ち取ってきました。
経歴だけ語ると、私は英語ができる人風。自分が学生の頃から憧れていたラグジュアリーの世界で仕事をしているのです。

でも、働き始めると現実は違います。外国人同僚とのランチは、全編英語編は苦行だし、とにかく疲れるのでなるべく避けます。チームビルディングの対極なスタンスです。
避けられないのは仕事の場面。資料は、翻訳ソフトと過去資料からのコピペでこなす。自分が作ったパートは耐えるとして、会議前のアイスブレイクや、台本通りにいかない会話が苦手で、カジュアルなブレストがおそろしい。

面接時の5倍くらい寡黙な人間になってしまう私。面接した人、びっくりですよ。

TOEIC900点女子のリアル

TOEICは、仕事をしながら勉強し、40歳の時に目標にした900点を取りました。
まぐれ要素あり。たぶん二度と取れない点数です。
リーディングはほぼ満点だけど、リスニングはどうしても伸びませんでした。
初めての受験は700点くらい。850点くらいでしばらく停滞してたけれど、「900点台を取れば英語が楽になる」と信じて、900点を目標に勉強していました。分厚い過去問集には、CDがついてた。パソコンからダウンロードしてたな。あの頃は、いろんな大学でTOEIC受けて、なんか楽しかったな。
TOEICの学習で、TOEIC語彙を覚え、読むスピードは上がりました。それは実感しました。

900点女子になって10年たちますが、流暢な会話にはほど遠く、高い壁を感じます。
思い描いていた「900点の世界線」は見えてきません。
でも、職務経歴書には映える数字なので、わりと気に入っています 笑

会話の迷子になる私

英語圏の人や、長期留学していた上手な人との会き話が苦手です。きれいな英語の早口についていけず、途中で迷子になります。会議はラビリンス。アジェンダという道標から外れると、私は行方不明になります。アジェンダ外の話題はつらすぎる。頼むから脱線しないでくれ。
ラップアップがテキストでシェアされて、はじめて全貌を把握。理解が真逆だったことに震えたこともあります。キーワードが理解できなくて、話の本筋を見失うのです。
そんな時は、音量も存在もミュートにして凌ぎます。うっかりYesなんて言ってたら、大変。

比喩も理解が難しい。
ある日、会議中にblack sheepという言葉が何度も行き交いました。なぜ羊の話?はみ出し者の羊さんがどうした?と脳内は羊でいっぱいになりました。「集団の中でも自分を貫くペルソナのこと」をポジティブに表していたと理解したのは、シェアされたミニッツを翻訳ソフトに読み込ませて、自分用に噛み砕いた時でした。早口なだけでなく、英語圏のバックグラウンドも会話に織り込まれ、それが迷宮の入り口になります。

好きな英語、苦手な英語


逆に、母音をはっきり発音するイタリア人やスペイン人の英語は聞き取りやすくて好きです。彼らの語彙がわりとシンプルなのもいい。
訛りの強いインド系ITの人たちの英語も、楽に感じます。センテンスが短いからでしょうか。いや、彼らが寄り添ってくれてるからか。

ちなみに、苦手なのはフランス人の英語。英語なのにフランス語に聞こえる。語彙がフランス語由来で難しい。日本語もフランス語に聞こえる。
中国人の好戦的な英語、シンガポール人の自信満々で独特な英語にも苦戦しました。

シンパシーを覚えるのは、訛りがある韓国人の英語です。
大人になってから習得した彼らの英語には、私と同じ苦労の跡があるようで親近感がわくのです。TOEICボキャブラリーなのも、理解がしやすいです。そして、文法が似てるからか、会話に追いつける気がします。

世界で圧倒的に好きな英語は、“ジャパニーズイングリッシュ”。文法、語彙、キーワード、発音が、私には完璧で、唯一、すべて理解できる英語だから。
会議で迷子中に、他の日本人が質問した内容で、「あ、今はこっちの件で燃えてるのね」と理解することも。私を迷子から救ってくれます。

読み書きは強め、でも会話はつらい

翻訳ソフトや生成AIの進化と、それを使いこなす私の卓越した力で、読み書きでは生き延びられました。レポートも、翻訳ソフトとともに量産。これだけ使いこなしたから、私の脳内に翻訳ソフトを埋め込みできないだろうか、と本気で考えます。

脳内ソフト未搭載の私は、会話がいつまでもつらい。何度か話せば発音に慣れて聞き取れるようになるけれど、本質的な深い話には一生たどり着けない気がします。かんじんなところがわかなくて、心の機微は伝わらないし、伝えられない。

そして、冗談のハードルが異常に高い。打ち解ける前に立ちはだかる壁。

自己主張の行方

メールでは、自家製の自己主張テンプレがあるから少し強めに出られるけど、チャットはタイポも怖いし、弾丸のようなスピードについていけず、私の主張は丸くなります。会話では、さらに自分が消えていく。

日本語でも自己主張が苦手なのに、英語への脳内翻訳を経たら、主張はほとんど削ぎ落とされてしまう。結果、主張はあいまいな玉虫色になり、菩薩の微笑みで静かに会話から退散する私。

気づけば、相手の主張を飲み込み、強火の外国人Expadたちに付け込まれ、出張ビジターに振り回され…。私は“縁の下の力持ち”キャラとして、ただ吸収し続ける人間になっていました。

外国人を一まとめにするのは良くないと思いますが、往々にして、彼らの自己主張は、強火で自由です。一度言い出すと撤回しません。そういう信条なんだと、自分に言い聞かせて納得。
仕事では、恐ろしくピッキーなマイクロマネジメントの鬼と化したり、プライベートは、時にめんどくさい人になります。ランチのサラダでメニューにないアレンジを主張して怒り出したり、思いがけずに出会ったことの深掘りを始めて、予定を全部変えたり。私にとっては、めちゃどうでもいいことにHPを費やしてる。

八方美人の「いいことbot」


私はそれらに腹を立てても、自分の怒りを上手く言えない。
とりあえず目の前のトラブルを鎮火したい。丸く納めたい気持ちが勝って、自分の感情を飲み込む。
そして、いいことしか言わないbotとなって、“Sure”とか“Nice”とか言って、自分で抱え込んだり、無理やり願いをかなえたり、対日本人の仕事でややこしことを捌いて、なんとかしてきました。グローバル八方美人です。

なんで私こんなに我慢してるんだろ。
もう八方美人キャラの限界です。
八方美人をやめたいから、英語の喧嘩の仕方を習得したい。それが叶うボキャブラリーがほしい。

いや、喧嘩の前に、自己主張ですね。

アラフィフ弱火な私は、NO.と言える日本人、そしてNO.な理由をきちんと言える日本人になりたい。英語も日本語も。

生き方のスタイルを変えるには、語学のスキルも必要なようです。


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シェヘ|アラフィフ視点 応援ありがとうございます。とっても励みになります:)