【短編】マンホールに乗る
勢いよく上空に向かうマンホールを、見上げる。
もうすこし早く起きていれば先に乗れていたのに。後悔はあるが、それをいい出したらきりがない。
僕はその場を離れ、次のマンホールを目指す。このまま職場に着いてしまうことは避けたい。
飛翔した先に減税コインがあるのかどうか。それは鳩のみが知ることだ。
しかし、少なくともチャレンジはしておきたい。
残念ながら、次のマンホール上にも先客がひとり。噴くのを待っているように見える。
が、あれは自治体の関係者だ。間違いない。僕ぐらいになるとわかる。
良い機会だ。かねてから温めていたアイデアを実行に移そう。
そう決意して、男に近づく。
「交代の時間ですよ」
僕が笑顔を見せると、男はちらと腕時計に目をやり一度首を捻るが、
「やあやあ、ありがとう」
とマンホールから降りた。
「ここって、最近一番の当たりマンホールですよね?」
いいながら、僕はマンホールに乗る。
「そうそう。これ以上減税されちゃ、うちの市はやってけないから。頼むよ」
まんまとこちらを身内だと勘違いした男が、
「ま、赤コインかもしれないけどね」
はは、と軽い笑いと共に背を向けた、その瞬間。足裏から上ってきた振動が一気に全身を震わせる。すぐに襲ってくる重力に耐えていると、急に視界が開けた。
見渡す限りの空だ。
ぐるりと一周、視線を這わせる。
と、ちょうど鳩が飛び去っていく姿がとらえられた。その後ろに金色のコインが残されている。
当たりだ。しかも、大コイン。
手を伸ばすとぎりぎり触ることができる場所に、それは浮いていた。
僕はマンホールの端に立ち、体を伸ばして、その手のひらサイズのコインをどうにか掴む。
と、足裏が浮く感覚にヒヤリとする。
コインを手放さないよう注意しながら、体勢を整えた。
ゆっくりと降りていくマンホールに身を委ねる。
いつもの通勤路が戻ってくる。
マンホールが所定の位置にはまったのを確認して、ほっと一息。
足を踏み出した、その刹那──
視界が空になり、次の瞬間には背中に衝撃が走る。思わずうめき声を発してしまう。
チャリン、と金属音がした先を反射的に目で追う。大コインが地面で回っている。さらに視界の先、足元にはバナナの皮。
しまった、と思った時には、もう遅い。
付近を巡回していた鳩が、その大コインを器用にくわえ、数歩前へ。
飛び去る直前、一瞬、こちらを振り返ったように感じたのは、気のせいだろう。
すぐに立ち上がった僕は、次のマンホールへ向かう。
やっぱり人は、鳩には勝てないのだ。
