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東京から江戸は消えていない、見方を知らなかっただけ

東京には江戸はもう残っていないと思っていた

明治維新、関東大震災、空襲、オリンピック、そしてバブル。東京は何度も壊されては作り直されてきた街です。だから江戸の面影など、ほとんど失われてしまったのだと私は思い込んでいました。高層ビルが並び、人が多すぎる東京には、正直うんざりすることもありました。歴史の奥行きを感じたいなら京都や奈良へ行くしかない、と。けれどそう思いながら東京で暮らしていると、自分の住む街にどこか他人行儀な、根を持てない感覚がついてまわります。香原斗志さんの『カラー版 東京で見つける江戸』を読んで、その感覚が一変しました。江戸は消えていなかった。私が見つけ方を知らなかっただけだったのです。

香原斗志著『カラー版 東京で見つける江戸』はこちらから読めます。

皇居の森も、堀の水も、江戸が選んだ景色だった

本書が冒頭で示すのは、江戸が木々と水辺に囲まれた、自然豊かな武家の町だったという視点です。徳川家康がこの地を本拠に選んだのは、海運と水運を最大限に活かすためだったといわれます。人工の都市でありながら自然の地形に従って作られたために、水と緑に調和した街並みが生まれた。皇居の豊かな森が中央にあり、その周りを水をたたえた堀がめぐる現在の東京の骨格は、まさに江戸が選び取った景色の名残なのです。本書は東大赤門、後楽園、浜離宮、寛永寺、増上寺、明治神宮、江戸城といった旧跡を、豊富なカラー写真とともに、どこに注目して見ればよいかまで丁寧に案内します。かつての江戸はその大半が武家地で占められ、残りを寺社地と町人地が分け合っていたといいます。意外に多く見つかる武士の町の名残、震災と戦災を生きのびた寺社、そして上水や堀といった土木遺産としての東京。西洋では庭園が自然を幾何学的に支配するものだったのに対し、江戸では自然と人が調和し一体化したものとして捉えられていた、という対比も興味深いところです。本書の各章には、何度も通った場所が実は江戸とつながっていたと気づかせてくれる発見が、いくつも待っています。

見慣れた通勤路が、急に奥行きを持ち始めた

この本を読む前、私にとって東京は通り過ぎるだけの背景でした。けれど読んでからは、いつもの通勤路で堀沿いを歩くとき、この水辺は江戸の人々も眺めていたのだと思えるようになりました。月島で育った人が知らなかった地元の過去に出会えたという声があるように、自分の生活圏のすぐ隣に、見えていなかった時間の層が重なっていたのです。週末、本書を片手に近所を歩いてみると、ただのビル街だと思っていた一角に大名屋敷の痕跡が残っていたりする。辟易していたはずの東京が、奥行きのある魅力的な都市として見え始めました。同じ場所に立っているのに、見える景色がまるで変わったのです。高層ビルにうんざりしていたはずの街が、いつのまにか散歩したくなる場所に変わっていました。

知らないままなら、足元の江戸を踏んで通り過ぎていた

この本に出会わなければ、私は足元に残る江戸を踏みながら、それと気づかず通り過ぎ続けていたでしょう。著者の香原斗志さんは、早稲田大学で歴史学を修めた歴史評論家で、城郭への造詣が深く、新聞連載も持つ書き手です。日本の中世史・近世史を中心に幅広い時代を扱ってきたからこそ、街角の小さな痕跡から江戸の全体像を立ち上げる筆致に説得力があります。あなたが毎日通る道にも、まだ見つけていない江戸が眠っているかもしれません。

香原斗志著『カラー版 東京で見つける江戸』はこちらから読めます。

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