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図太い人は、心が強いのではなかった

「メンタルが強い人」は生まれつきだと思っていた

物おじせず堂々としている人を見るたび、私は「あの人は生まれつき心が強いんだろう」と思っていました。自分はすぐに動揺するし、人前で緊張する。だから図太さとは、持って生まれた性格の差なのだと、半ばあきらめていたのです。けれど、その前提のままだと、いつまでも「自分は弱い側の人間だ」という感覚が抜けず、何かに挑むたびに足がすくむ。向谷匡史著『ヤクザ式 図太く生きる心理術』を読んで、その思い込みが根っこから揺さぶられました。

向谷匡史著『ヤクザ式 図太く生きる心理術』はこちらから読めます。


図太さは「見せ方」の技術だった

本書が冒頭で示すのは、図太い人間とはメンタルが強い人間ではなく、強そうに見せている人間だ、という定義です。つまり図太さは性格ではなく、技術。著者はヤクザやホスト、ホステス、政治家、トップ営業マンといった対人関係のプロたちを長く取材し、彼らがどう自分を大きく見せ、相手に一目置かせ、ピンチを切り抜けてきたかを四十三の技術として整理しています。生まれつきの度胸ではなく、表情や間の取り方、言葉の選び方で「動じていないように見せる」ことの積み重ねだというわけです。クヨクヨしないための心の持ち方、自分を大きく見せる振る舞い、相手に一目置かせる立ち回り、交渉を制する話法——本書はこうした技術を場面ごとに分けて並べていきます。どれも特別な才能ではなく、意識すれば誰でも試せるものばかりです。もっとも、ある読者は、上っ面のハッタリだけで立ち回っていると「こいつはチョロい」と相手に見透かされ、かえって利用されてしまうのではないかと率直に指摘しています。見せ方の技術と、その奥に積み上がる本物の度量は別物だ、という冷静な視点です。どこまでが演出でどこからが本物の自信なのか——その線引きは、ぜひ本書で確かめてみてください。

「強く見せる」だけで、現実が少し動いた

この考え方を知る前は、緊張する場面では「落ち着け、落ち着け」と自分の内面ばかりをいじろうとして、たいてい失敗していました。けれど読んだ後は、内面はそのままでいいから、まず姿勢と声の大きさだけ整えてみる、という順番に変えました。会議で発言するとき、背筋を伸ばして一拍おいてから話し出す。それだけで、相手の反応が前より落ち着いて返ってくるのを感じたのです。心が先に強くなるのを待つのではなく、見せ方を先に変える。すると不思議と、後から気持ちのほうが少しずつ追いついてくる。順番が逆だったのだと、日々の小さな場面で実感しています。もちろん、見せ方だけで中身が伴わなければいずれ底が割れる、という読者の指摘も忘れていません。だからこそ、まず姿勢で間を持たせて、その間に本当に伝えるべき中身を整える。そんな二段構えで臨むようになってから、気後れして言葉に詰まる回数が、目に見えて減りました。

性格のせいにして縮こまっていた自分へ

この本を読まなければ、私は図太さを生まれつきの才能だと思い込み、ずっと弱い側に自分を分類したままだったと思います。著者の向谷匡史氏は週刊誌記者を経て作家となり、ヤクザや裏社会を題材にした取材を長く重ねてきた書き手で、浄土真宗本願寺派の僧侶という顔も持っています。きれいごとではない現場で人を見てきた目線が、本書の説得力を支えています。心の弱さを性格のせいにして縮こまっている人ほど、技術として捉え直すきっかけになる一冊です。

向谷匡史著『ヤクザ式 図太く生きる心理術』はこちらから読めます。


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