中山間地が山になれば平野部は崩壊する

「日本の農業は小規模農家が多くて非効率、だから大規模農業に改革すれば全て解決」と単純に考えてる人は多いように思う。しかし、物事はそう簡単なものではない 。おそらく、田舎の山がちな場所(中山間地)の農地がダメになれば、その下流に広がる大規模農業も破綻する恐れがある。

斜面の多い中山間地は、どうしても1枚の田んぼを大きくすることが難しい。もし無理に大規模化すれば、下の田んぼとの落差は崖のようになってしまう。崖に生えた草を刈るのは超困難。中山間地での田んぼの大規模化は限界があるということが、まず把握しておくべきことの一つ。

「じゃあ、そんな非効率な中山間地は放棄して、山に戻してしまえばいい」と思っている人も少なくないと思う。しかし、もし山に戻し、人が住まない場所に変えたらどうなるか?深刻な土石流が頻発し、下流の平野部の大規模農地もダメにしてしまう恐れがある。

今はまだ中山間地にギリギリ人が住んでおり、山の手入れをしたり草刈りしたりすることで河川や水路を守ってくれている。もし中山間地に人がいなくなり、水路のための作業(草刈り、ドブさらい)をしてくれる人がいなくなれば、土石流が発生する危険が増してしまうだろう。

戦後、雑木林を切り開いて杉を植えた山林の多いことが痛い。儲かると思って杉林にしたところ、木材価格が暴落。山林はほったらかしになり、木が生えすぎて地面には光が差し込まず、草が生えず、土壌が失われ、斜面ごと崩落してしまいやすい場所が増えている。

それでもまだ中山間地に人が住んでいれば、危険を早くに察知し、何らかの処置をしようという動きがとれる。しかし中山間地に人がいなくなれば、山で起きていることに誰も気づかなくなる。崩れた土砂が知らぬ間に川をせき止め、土石流が起きる危険性が増すのではないか。

また、水路の維持も難しくなる。今は中山間地の人が草刈りをし、水路のゴミをさらい、水路の維持をしてくれている。しかし中山間地から人がいなくなれば、その流域の上流部の水路がダメになる。管理不能となり、やはり土石流の原因となるようなせきとめも発生する恐れがある。

そうして中山間地が人気のない山になり、土石流が頻発するようになれば、下流の平野部にも大きな被害をもたらすようになるだろう。水はまともに運ばれなくなり、洪水が頻発するようになり、本来は有利なはずの平野部でも水路がダメになって、農業自体を続けられなくなるかも。

中山間地に人がいなくなっても河川や水路がまともに機能するように土木工事をするとしたら、1兆円では済まない大工事が必要になるだろう。しかも工事を終えれば済む話ではなく、定期的に人が上流部まで調査し、異常があれば補修工事を繰り返す必要がある。

岐阜県のある農村では、水路の工事費の全額を政府が負担してくれるという好条件にもかからわず、工事を断ってしまったという。理由は、出来上がった水路の維持管理は農村に住人に任せるのが条件だったから。とてもじゃないが、維持管理するだけの人手をその農村は割くことができないと判断した模様。

日本は高温多雨。このため、草がものすごいスピードで生える。草刈りを定期的に行わないと、水路はすぐダメになってしまう。メンテナンスさえできなくなってしまう。しかし水路は長大で、草刈りの負担も非常に大きい。人が激減した中山間地では、水路の維持が困難になっている。

地下水路にすれば草刈りの必要がなくなり、楽に思われるが、地下水路は異常があっても検査もメンテナンスも難しい。埼玉県八潮市で起きた大規模な道路陥没事故を思い起こすとよい。知らぬ間に異常が起き、異常が分かったときには取り返しもつかないほど深刻な事態となる。

地下水路で異常が発生した場合、埼玉県の都市部のような人の多いところなら工事しないという選択肢はないが、田舎の場合は「放棄する」という選択をしかねない。あまりに高額な工事費がかかるだろうから。そうなれば、その水路はダメになる。ひいては、下流で土石流などの被害が発生する恐れ。

水面が上から見える水路は、草刈りとドブさらいが必要という面倒があるかわり、異常に気づきやすく、メンテナンスもしやすい。 
「人もいないし、草刈りも不要な地下水路にしようや」という話も出ているが、中長期的にはかえって維持管理が不可能になってしまうリスクを抱えることになりかねない。

そう考えると、中山間地に人が住んでくれていることは、平地に済む人たち、そこで農業をしている人たちにとって、とてつもない恩恵をもたらしてくれているといえる。しかしその恩恵を当たり前に受けすぎていて、それが失われたときに自分たちがどうなるか、わかっていない人が少なくないように思う。

また、中山間地に人がいなくなり、山になってしまったら、平野部にもクマやシカ、イノシシなどの獣害が起きるようになるだろう。これまでは中山間地が防波堤として防いでくれていたが、平野部が直接獣害と向き合うことになる。

平野部に住む人たちは、中山間地に住む人たちが河川や水路を守ってくれ、獣害が平野部に広がらないように防いでくれていた、その恩恵を忘れがち。しかし中山間地に人がいなくなり、山になれば、下流の平野部の水系もズタズタに壊れる恐れがある。水は上流から来るからだ。

大規模農業を訴える人は、日本の河川や水路が中山間地の人々によって支えられてきたことに目を向けていない人が多いのではないか。獣害が平野部に広がることを防いでくれていたことに気付かずにいるのではないか。こうした「隠れた恩恵」が失われたときにそれに気付いても、もう遅い。

私は今後も、中山間地に人が住み続ける仕組みを考えた方がよいと思う。そうでなければ河川も水路も、その水系全体が崩壊しかねないのではないか。農産物の生産の点では非効率かもしれないが、平野部の効率のよさを守ってくれているのは中山間地なのだから。

日本が高温多雨なことは、農業ではメリットもある半面、リスクでもある。草木が生い茂り、河川や水路を埋めてしまいかねないから。河川や水路のメンテナンスを怠れば、その下流の平野部に至るまで、甚大な被害をもたらしかねない。農家は農産物を作っているだけではない。河川や水路を守ってくれていた、という重要な機能を果たしてきた。

中山間地でも跡継ぎがいないため、1軒の農家に農地が集中するようになっている。しかし、田んぼの畔や、水路の草刈りは村民総出で行ったりしている。担い手農家だけでは手が回らない。これも日本が高温多雨なため。

中山間地に効率を求め、「効率が上がらないなら放棄」という選択をしたら、とんでもないしっぺ返しを食らうだろう。平野部も、水系丸ごとダメになるリスクを抱えることになる。今まで見えていなかった問題が一気に噴出する。これから、本当に厄介な時代がやってくる。

追伸。
平野部は昔、「氾濫原」と呼ばれていた。川があっちこっちにヘビのようにのたくって、どこに洪水(氾濫)を起こすか分からない場所、それが平野だった。上流の中山間地に人がいなくなり、河川や水路が崩壊したら、平野のどこを押し流すか分からない、暴れ川に戻るかも。

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