中山間地は平地農業の恋人

筑波大学での宇宙(そら)リウムでの講演終了。パネラーとしても参加させて頂いた。
月面という、砂漠のような場所でも栽培できる技術が生まれれば、アフリカのような飢餓で苦しんでる地域を救うことができるのでは?という質問に対し、ネガティブな答え方をしてしまった。反省。

どう答えたかというと。「農業は本当に儲からない」という話をした。世界一の農業国であるアメリカさえ、農業生産はGDPのわずか1%。世界第2位のオランダも、西欧で最も食料を作っているフランスも1%強。農業生産がGDPの1%なのは日本だけでなく、海外に食料を輸出してる先進国は、みんなそんなもん。

しかも、アメリカの農家も儲かってない。1農家で129人分の食料を作っているアメリカで平均的な農家は、四人家族を農業の稼ぎだけでは養えず、奥さんに働きに出てもらい、農業の稼ぎも半分は政府からの補助金。四人家族さえ養えないほどの安い農産物は、アフリカの貧農でも太刀打ちできないほど安い。

アフリカの農家は、小麦やトウモロコシのような基礎食料を作っていてはアメリカの安い農産物に勝てないので、それらを作るのを諦め、コーヒーなどの商品作物を作るプランテーションで賃仕事し、それでアメリカの穀物を買う。もしコーヒー価格が下落して賃金が下がれば。

アメリカの安い穀物さえ買えず、飢餓が発生する。
アメリカや西欧、日本のような先進国は、農産物の価格を1%程度に抑えることで食費を抑えている。つまりエンゲル係数が低い。
しかし途上国は農業以外の産業がなく、食べるのに必死。エンゲル係数が高い。こういう国は。

GDPに占める農業の割合が大きい。そう考えると、農業が産業として存在感が大きい国は飢餓が起き、農業の稼ぐ力が相対的に小さい先進国では飢えずに済む。
飢餓は「農産物をたくさん作れないから発生する」のではない。飢餓は技術的問題ではなく、経済問題。

・・・って話をしたら、シーン・・・としちゃった。そりゃそうだ。宇宙の研究を通じて何か新しい産業を生み出そう、というのがパネルディスカッションの目的なのに、せっかく質問を振ってくれたのに「農業が稼いだら国民が貧しくなる」なんて話するんだから。反省。

農業ってのは、「縁の下の力持ち」なのだと思う。安く農産物を送り出すと、消費者は食べる以外の商品やサービスにお金を回す余裕を持ち、それが経済を活性化させる。食べるのに必死になってはそれができない。食べることは当たり前にできる、という条件を整えるのが農業の使命。しかし。

それは農家にとってつらい話。コメが高騰して日本の消費者は生活が苦しくなっている。コメ農家からしたら、とても生活していけないほどの低価格にあえぎ、後継者なんか出るはずもない環境がもう20年以上も続いてきて、ようやく息が継げる状態になった。でも、これはほんのいっときの息継ぎにすぎない。

高額な農業機械を更新し、後継ぎも出るようにするには、もうあと何年か、黒地にできる程度のコメ価格であってほしい。それには5kg3000円台がありがたいけど、コメのような基礎食料の価格を狙い通りに落ち着けることは極めて難しい。

高くなりすぎれば消費者は苦しく、安くなりすぎれば農家が苦しい。食料は、市場経済に任せると生産者と消費者の利害が真っ向からぶつかるという厄介な性質がある。

日本以外の先進国は、こうした矛盾をどうやって解決しているかというと、「輸出」と「所得補償」。
アメリカもヨーロッパも、食料は輸出するくらいに余分に生産している。余分に作れば、市場価格は当然暴落する。だからアメリカの平均的な農家は四人家族さえ養えない。

そこでアメリカとヨーロッパは、「所得補償」をしている。農産物が安すぎてこれでは生活していけないよ、という所得の不足分を、政府が補助している。こうすることで、
・農産物は激安
・農家は(何とか)生活できる
という、矛盾しやすい問題を解決している。
では日本もそうすればよいではない、か、

これが容易ではない。世界の穀物価格はべらぼうに安く、アフリカの貧農でさえ価格で太刀打ちできないほど。そんなたたき売りみたいな価格まで下がったら、農家に所得補償をしようとしたら、莫大なお金になりかねない。

日本のおコメは大変高品質だから、海外に高く売ればよい、と私も以前は思っていたが、この点もやや情勢が変わってきている。日本だけでなく世界中で新自由主義的な経済運営が進み、わずかな人数のお金持ちと大量の貧困層に分かれつつある。このため。

日本の高品質なおコメを高く買える人の人数が世界的に減っている。一人の人間の胃袋のサイズはだいたい決まっている上に、お金持ちの人数が少ないのでは、高く売れる高品質のおコメの量はわずかとなる。

ならば、農業の大規模化を進めて農家の数を減らし、所得補償しなければならない農家の頭数を減らしたら、と考えたくなる。しかし、大規模化できるのは平地のみ。平地だけで今のコメ生産量を確保できるか心もとない。中山間地はコメ生産の3割を担う。結構大きな存在感。

仮に中山間地の作っていたコメを平地での大規模農業で賄えるとしよう。今度は「水」の問題が出てくる。日本のように山がちな国は、平地の水源はみんな中山間地。しかし中山間地で農業をやめたら、中山間地は山に戻り、河川や水路の維持管理をしてくれる人はいなくなる。そうなれば。

広大な平地全てに行き渡るだけの水を確保できるのかどうか。上流部分の中山間地が崩壊して、水の確保が可能なのか。日本は大陸と違って、平地の水は必ず山から始まり、中山間地を通ってやってくる。中山間地は、獣を抑え、水路の確保をしてくれていたが、今後はどうなるのか。

そう考えると、中山間地を放棄することは、平地の農業も破壊することにつながりかねず、中山間地を容易に放棄するわけにいかなくなる。日本のように山だらけの国は、大陸と違い、平地の農業でも山と中山間地の保全を頭に入れないと危険。

「森は海の恋人」という表現を借用するなら、「中山間地は大規模農業の恋人」と表現できるかもしれない。日本は、やたらと平らな大陸の農業とは異なり、平地の農業でも山や中山間地を頭に入れて進める必要がある。

新潟平野は日本屈指の広い平地で、コメ生産も日本最大規模。この広大な農地で、今年の猛暑でも水が切れずに済んだのは、山に降り積もった雪解け水が、夏になっても流れ続けてくれたから。平地の水は山が提供してくれる。

そして、山と平地の間の水の流れを保全してくれているのが中山間地。同時に、山から獣たちが降りてくるのを防いでくれている。もし中山間地がなくなれば、獣たちは平野にも進出してくるだろう。

大規模化が難しく、面積当たりの生産性を上げることも難しい中山間地は、平地での高い生産性を維持するための「縁の下の力持ち」になっている。おいそれと中山間地を放棄することは、平地の農業も危うくする恐れがある。慎重に見極める必要がある。

中山間地が平地農業の「縁の下の力持ち」であるように、農業は、非農業の産業の「縁の下の力持ち」。農業は基本的に安全保障を担当する部所で、儲けるのは、みんなを楽しくするエンタメ部分。エンタメを支える黒子が農業。
そんな話をすればよかったな、と反省。

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