【軌跡】開発学
職業人として25年間続けた仕事のきっかけが大学時代にあったので、何かを始めた、止めた、続けた(止めなかった)という意思決定ではないけれど、書き残しておこうと思います。
やがて25年間開発途上国の援助という仕事に携わることになりますが、そのきっかけは大学時代に遡ります。自分で見つけたのではなく、学年が一年上の親友から、開発学(Development Study)という学問領域があることを教えてもらいました。
大学は寮生活だったので、夕食後に自室や図書館で友達と一緒に勉強する時間がたくさんあって、そういう時間にそれぞれ宿題・予習をやりながら、今日授業でこんな面白いことを聞いたとか、最近の時事ネタについても良く話していました。そういう時間の中で親友が教えてくれたのが、開発途上国の社会経済を発展させる、経済理論、政策、具体的な活動でした。
開発途上国と聞いても、私のイメージは1980年代のエチオピアの飢餓の映像どまりでした。自分が子どもの頃、何か悪いことをして父親に怒られては、「エチオピアに送るぞ」と脅され、そのたびに泣いて「ごめんなさい」と謝っていました。という程度の接点しかない自分には、貧困とは力を奪われるもので、変えられない現実というイメージしかありませんでした。
それなのに?、国を豊かにする理論があって、それを実践している人たちがいる、ということに少なからず衝撃を受けました。特に印象に残っているのが、インドの農村のバイオマス発電のエピソードと中南米での「解放の神学」の実践でした。前者は、無電化村で牛糞を使ってバイオマス発電を始めた結果、夜2~3時間だけでも明るい電気が付くようになったこと、村が衛生的になって人々が健康になったこと、夜の電気のおかげで子どもたちが学校の宿題ができるようになって落第・退学率が減ったこと、さらには就寝時間が少し遅くなったことで新たに生まれる子供の数が減ったこと(!)など、牛の糞がもたらす生活の変化に度肝を抜かれました。後者は汚職まみれの国家で国民が貧困にあえいでいる状況で、反体制的に活動しているキリスト教会があることが衝撃でした。
国家も貧困も変えられない現実だと思っていたので、生活をより良くしていくためにできることがあるということに興奮したし、もっとそういうことを知りたいとも思いました。
さて、では開発途上国の援助に関わる就職活動をしたのかというと、そうはいきませんでした。卒業後は日本に帰国すると決めていたのですが、アメリカの田舎で就職情報を収集することは難しかったです。知り合いからもらったリクルート発行の就職情報誌が唯一の情報源で、そこに載っている会社の中で、開発途上国に関わりのある事業を行っているのは国際協力事業団(JICA。現在の独立行政法人国際協力機構)のみでした。アメリカからJICAに資料請求したら採用情報を送ってくれましたが、大学の卒業式が5月なので採用時期が合わないということでした。
大学時代に遡って、キャリアの直接のきっかけを振り返ってみました。
