音の前にあるもの 『フランク・マッコム』|まだ身体が揺れている
空間に伸びる声。
張り上げているわけではないのに、空気が震えている。
フランク・マッコムの声は会場全体を大きく包み込み、そこにいる私たちを抱え込んでしまった。
キーボードも力強い。
まぁるくて太い指が鍵盤をしっかりと捉える。
押しているというより、掴んでいるようだった。ピアノより浅いキーボードの鍵盤に、指がこれでもかというほど沈み込む。
それなのに音は重くならない。
軽やかで、拍にぴたりと収まりながら前へ進んでいく。
アレンジは次第に熱を帯び、ベースが低いところで応える。
フランクがうなずく。
ベーシストと目が合う。
音楽がその場で作られていく。
そんな瞬間を何度も目にした。

ドラムにも目を奪われた。
盛り上がりに向かうにつれ、演奏は加速していく。
気づけば呼吸が浅くなり、自分が息を止めていたことに気がついた。
凄まじい速さなのに、そこには休符がある。
そのわずかな空白が張力を生み出していた。
身体の反射を利用しているようでいて、その先へ踏み込んでいるようにも見える。
バネのように手が回り、何度も限界を超えていく。
その超人的な速さに、ベーシストの口元から思わず笑みがこぼれた。
ドラムは音階を持たない。
それなのに、なぜこれほど豊かなのだろう。
ダイナミクスによって、
他の楽器との関係によって、
同じドラムとは思えないほど表情を変える。
激しく叩く姿も圧巻だったが、静かな演奏もまた素晴らしかった。
抑えたシンバルの響きが、そっと心に寄り添ってくる。
後から調べると、ドラマーのヨラン・ヴルームはカリブ海や西アフリカのリズム文化から影響を受けているという。
スティールパンの祭典が国民的な行事として根付く土地のリズムを思うと、あの野生的でいて統率された演奏にどこか納得してしまう。
音階を持たないドラムが、あれほど豊かな表情を見せた理由のひとつなのかもしれない。
途中、フランクはグランドピアノへ移った。
キーボードでは鍵盤を掴むように見えた指が、ピアノの前では不思議なほど柔らかく見える。
慈しむように鍵盤へ触れる。
だが、その穏やかさは長く続かない。
気がつけばピアノはフランクのペースへ巻き込まれ、高速で駆け出していた。
クラシックとは違う瞬発力。
鍵盤の奥、そのさらに先まで音を押し込んでいくような力強さがある。
ときおりドラムが前のめりになったかと思えば、フランクは少し引いているように見える。
押して、引いて。
追いかけて、受け止める。
音楽が人と人との駆け引きのようで、どこかくすぐったかった。
前のめりで聴き続けていたせいだろうか。
喉の渇きに遅れて気づいた。
とろんとしたモクテルがゆっくりと喉を潤す。
ラベンダーの香りが漂い、火入れした桃のコンポートの甘さがわずかに残る。
暗がりのなかで、モクテルは祈りのように静かに浮かんでいた。
喉を通り過ぎたあと、熟成ホワイトバルサミコの酸味がゆっくりと追いかけてくる。
それは音楽の合間に置かれた、小さな休符のようだった。
ティラミスも印象的だった。
運ばれてきたとき、その姿は私が思い描いていたティラミスとはまるで違っていた。
それぞれを食べても十分に美味しい。
けれど少しずつ重ねながら口へ運ぶと、不思議とひとつのティラミスになっていく。
その変化は、三人の演奏にもどこか似ていた。
フランクの声。
アンソニーのベース。
ヨランのドラム。
それぞれが独立して存在しているのに、重なった瞬間に別の景色が立ち上がる。
ピスタチオプリンも美しかった。
シトラスのアイスとキャラメリゼされた飾りが載った姿は、小さなステージのようだった。
ライブが終わったあとも、あの夜はテーブルの上で続いていたのかもしれない。
キャラメリゼしたナッツのチョコレート掛けも忘れがたい。
かりっとしたナッツにチョコレートがよく馴染み、それぞれの食感と香りを引き立てていた。
小さな一皿にも、演奏と同じような調和があった。

フランクのソロは最初から全速力だった。
次のフレーズへ向かう身体はゆったりとしているのに、手だけが高速で回っている。
左手と右手のバランス。
鍵盤から指が離れる瞬間の間。
そのすべてが心地よい。
声もまた楽器だった。
身体全体が鳴り、その振動がこちらへ伝わってくる。
気づけば場そのものが揺れていた。
最後はドラムのソロだった。
最初からただならぬものを感じていたが、ソロで確信へ変わる。
圧倒的な強弱。
野生的でいて、どこまでもコントロールされている。
目にも止まらぬ速さで加速し、会場の熱を集めていく。
音の振動が床を揺らし、足先が震える。
足先から上がってきたリズムは、やがて身体全体を揺らしていた。
十一年ぶりの来日だというフランク・マッコム。
その姿を観ることができて感無量だった。
帰り道も、フランクの声とドラムがずっと心を揺らしていた。
ベッドに入ってからも、真っ赤なTシャツと鍵盤に沈む指が何度も現れる。
空間を包んだ声。
床を伝ってきた振動。
ラベンダーの香りと、ティラミスの甘さ。
その余韻に揺られながら、静かに眠りについた。

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FRANK McCOMB(フランク・マッコム)
Member
Frank McComb(vo,key) / @frankmccomb
Anthony Cappeto(b) / @anthonycappeto
Yoran Vroom (ds) /@yoranvroom
BLUE NOTE PLACE
2026年6月3日
[2nd] OPEN:19:45
LIVE START:20:30
BLUE NOTE TOKYO
2026 6.4 thu.
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