「その日のうちに、飛ばすんだ」── 1999年、ミラノの休憩室で
1999年、ミラノのオフィス。 昼休みに、同僚のマルコとエスプレッソを飲んでいたときのことだ。
「昔さ、俺、スーパーで働いてたんだよ」
そんな雑談から、話は思わぬ方向へ転がっていった。
「賞味期限が近づいた食材はね、その日のうちに お店 から集めるんだ」 「集めて、どうするの?」
彼は少し胸を張って、こう言った。
「空港に運んで、その日のうちに、アフリカの食べ物が足りない国へ飛ばすんだ」

——飛行機で? その日のうちに?
僕は、カップを口の前で止めたまま、しばらく固まっていた。 まだ食べられる。でも、あと数日で売れなくなる。 そういう食材を、翌日を待たずに、空へ飛ばすというのだ。
呆気にとられている僕に、マルコはこともなげに言った。
「イタリアは、食を大事にする国だからな」
——捨てるくらいなら、必要としている人のところへ。
これは、あくまで僕が同僚から聞いた話で、実際の運用がどこまでその通りだったのか、いまとなっては確かめようがない。 それでも、はっきり覚えているのは、そう語ったマルコの、誇らしげな顔だ。
彼は、自分の国が「食を無駄にしない国」であることを、心から誇っていた。
日本でフードロスという言葉をよく聞くようになったのは、ここ数年のこと。 でも、あの休憩室での会話は、27年前——1999年の話だ。
食を大事にする、というのは、おいしい料理を作ることだけじゃない。 捨てないことまで含めて、食を愛する。
エスプレッソの残りをぐっと飲み干しながら、 僕はイタリアという国が、もうひとつ好きになった。
