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そのネクタイ、日本では褒められなかった。── ミラノの「似合う」の基準




かなりくたびれてきてはいるが今でもたまにつけます。

日本で会社員をしていて、ネクタイを褒められたことが、あっただろうか。

思い出してみても、記憶にない。 そもそも日本のオフィスでは、ネクタイは「褒められないこと」が正解だった。 紺、えんじ、グレー。柄は小さめ。悪目立ちしない。周りから浮かない。 派手な色を締めていこうものなら、褒められるどころか、「今日はどうしたの?」と、やんわり笑われる。 ——うんうん、と頷いてくれる方、多いのではないでしょうか。

ミラノで、ある日、一本のネクタイを買った。 日本なら絶対に選ばない、鮮やかな色柄だった。 正直に言うと、買った直後、少し疑った。 (もしかして店主、売れ残りを僕に押しつけたんじゃ……?)

翌朝、恐るおそる締めて出社した。

「シン、そのクラバッタ(=ネクタイ)、いいね!」 「その色、君に似合ってるよ」

……えっ? 売れ残りどころか、大絶賛だった。 日本で三十年生きて一度もなかったことが、ミラノでは出社して三十秒で起きた。

あとになって、気づいたことがある。 彼らは「そのネクタイ、高そうだね」とも「流行ってるね」とも言わなかった。 言われたのは、いつも決まって——「君に似合ってる」。

日本の基準は、「周りから浮かないか」。 ミラノの基準は、「その人に似合っているか」。 主語が、周りではなく、その人自身なのだ。

だから店主は、あの色を勧めてきたのだろう。 売れ残りを押しつけたのではなく、東洋から来た客の顔色や雰囲気を見て、「あなたにはこれだ」と選んでくれていた。 ファッションの国の目利きは、疑ってごめんなさい、の一言である。

日本では一度も褒められなかった一本が、ミラノでは僕の顔になった。 似合うかどうかを決めるのは、周りの空気ではなく、鏡の中の自分——。 あのネクタイは、締めるたびに、そう教えてくれた気がします。


明日は、なかなか追い越させてくれない、FIAT500を駆る老婆の話を。

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