モンゴル紀行'93 草原
モンゴル最大の魅力は"草原"だ
遊牧民の生活様式や精神性は、長い歴史の中で草原が育んだものだろう。草原に暮らす遊牧民の暮らしぶりは日本で目にする機会がないので、とても興味深い。なにしろ定住しない暮らしなど想像がつかない。
1993年当時は、面白いことに首都ウランバートルでも至る所で遊牧民の暮らしが見られた。ソ連の人々が建てた固い住宅を避け、そのすぐ隣にゲルを張って暮らしている。首都中心部でもソ連製のデッカい車両やトロリーバスのすぐ脇を馬が自由に闊歩している。服装は殆どがデールである。
ここでは、草原での体験をまとめてみた。
草原で馬に乗る
大草原のウランバートル空港に着いてすぐ、 まずは乗馬体験ツアーということで、いかにも社会主義国らしい小型バスに乗り込み、馬がいるハズの場所まで移動となった。
道はない。
ただ、草原を走る。

バスの後部にはガソリンを入れた大きなドラム缶が剥き出しに乗っかっており、草原を縦横無尽にガタガタと危なっかしく走り出す。
道標がなく、全方位どこを走ってもいい状態はとても不安で、道路の有り難みを実感する。
さて、乗馬の目的地がなかなか見つからない。明らかにモンゴル人も迷っている。ガイドが言うには、先日まではこの辺りだったが、何処かに移動した模様だ。遊牧民だからしょうがない。そもそも迷う道がない訳だが、果たして何を目指してウロウロしているのかわからない。が、モンゴル人は余裕たっぷりで楽しそう。不安顔は日本人だけだ。


やがて、バスが止まり、何もない草原に降り立つ。360度が草原。建物どころか馬一頭もいない。状況が掴めないでいると、しばらくして一人のモンゴル人が、地平線を指差して何やら笑顔で喋っている。我々日本人には何も見えない。2、3分経過しただろうか、その地平線から50頭ほどの馬の群れがこちらに近づいてくる。日本人一同、歓声が沸き立つ。ようやく馬が見つかった安堵感と、モンゴル人の視力に対する感動だ。
これぞ千里眼である。

モンゴル人は本当に馬が似合う。
馬に乗ると大の大人が嬉々として少年になる。馬群の中から自分が乗りたい馬を好きに選べと言う。日本の競馬でよく見るスマートなサラブレッドの競走馬ではなく、背が低く足の短いモンゴル馬だ。
とは言え、乗馬初心者に選べるわけもなく、戸惑いもお構いなしに、適当に鞍をつけて、ひょいひょいと日本人を馬上に上げていく。気がつくと、みんなでポクポク歩き出していた。手綱の引き方、足の使い方、声の掛け方など、何のガイドもないので、モンゴル人を見よう見まねでやるしかない。
馬への掛け声"チョッ"
モンゴル人の笑い声
風の音
ただそれだけの静かな世界だった。

人馬一体
モンゴルの乗馬は、"乗馬"と言うより"馬乗り"と言った方がイメージ通りだ。自由自在に馬を操る姿は、実に格好良い。上半身を斜に構えて猫背の姿勢をとり、内股でしっかりと体勢を安定させ、馬の大きな揺れを全身で吸収する。馬と一体になったモンゴル人の体の使い方は見事で美しい。これぞ人馬一体。
西洋乗馬が優等生ならば、モンゴル乗馬は格好つけた不良といったところである。
しばらくすると馬の揺れにも慣れてきて少し余裕が出てきで、だんだんと周りの景色も見えてきた。ただし、素晴らしい緑の草原に感動していると、時々、馬がガクッと脚を踏み外したようになり、大きく揺れて下手すると落馬しそうになる。草原には地ネズミやタラバカンたちが掘った穴が至る所に開いていて、馬の足がボコッとハマるのだ。まあ、馬は4本脚なので自力でなんとかするのだが、馬上の人間も上手く合わせる必要がある。馬上で下手に騒くと、デリケートな馬がパニックを起こして暴れ馬となって危険極まりない。
騎馬民族の誇り
モンゴル人は、モンゴル帝国の初代皇帝チンギスハーンをとても誇りにしている。世界の歴史の中で、最も広大な大地を制覇した国が中世の大モンゴル帝国であり、その原動力は"馬"である。
蛇足だが、その大モンゴル帝国でも征服し得なかった国が日本、ということで、日本は凄い、尊敬する、ということを何度か言われた。酔っ払った遊牧民の戯言ではあるが、こんな田舎の草原の民まで、遠い過去の遠い国で起きた歴史を知っていることに驚き、そして嬉しかった。
モンゴル人と共に馬で草原を行くと、彼らには今でも騎馬民族の熱い血が流れていることがわかる。都会のモンゴル人からは感じられなかった高揚感が全身から溢れ出ている。
草原で馬に乗ると、私も強くなった気になる。ただ風が吹く静寂の中、手綱一本で馬体を颯爽と操り、広大な草原でポツンと馬上に身を置くと、"自分は世界で最強"と勝手に感じてしまう。地球を丸ごと手中にした感覚。考えるのではなく、自然とそう感じるのである。元横綱朝青龍がそうだったように、自分が一番強いんだ、と胸を張るのがモンゴル人らしさだと思う。彼らと雑談していると、日本人好みの礼儀正しい横綱白鵬よりも、ヤンチャな朝青龍の方を好む。
遊牧民が馬上で感じる高揚感は、島国の民族が田畑で農耕をしていると感じ得ない感覚だ。モンゴル人と日本人は、顔は似ているが感性はまるで違うのが面白い。
草原で馬乳酒を飲む
馬で散歩中、たまたま見つけた遊牧民のゲルに立ち寄った。ゲルは、モンゴル遊牧民の住居で、移動式テントだ。モンゴル人同士が笑顔で談笑して直ぐ、我々もゲルの中に招かれる。もちろんアポ無しである。

遠慮がちにお邪魔すると、真っ白な液体を飲めと勧められる。馬乳酒だ。湯呑みのような器で渡され、私はドキドキしながら頂く。臭みや苦味など嫌な風味はなく、とても美味しい。私は好きな味だ。が、たくさん飲むと日本人は下痢するとガイドから言われ、控えめに飲む。体内の細菌が入れ替わる数日間、腸の調子を崩すそうだ。
馬乳酒は、夏場に遊牧民が各家庭で作っているお発酵酒で、馬の乳を皮袋に入れて、棒でかき混ぜて醗酵させた乳飲料だ。ちょっと酸味がある微炭酸の飲むヨーグルトって感じで、なかなか美味しい。お酒といっても、アルコール度数は1%程度。遊牧民たちは子供の頃から飲んでいる身近なドリンクで、モンゴル人のソウルフードといったところだ。馬乳酒を飲んでいる時のモンゴル人は、みんな笑顔だ。ゲルには常備されていて、たまたま通りがかったゲストには、まあ一杯どうぞ、というのが挨拶がわりだ。野菜を食べないモンゴル人にとって貴重なビタミン源になっているそうで、彼らは驚くほど大量にガブガブ飲む。
モンゴル人は、初対面かどうかは無関係に、草原の旅人を誰でも歓迎して馬乳酒を飲み交わす。お互いに遠慮はしない。おそらく、遊牧民にとって重要な情報交換を兼ねた習慣ではなかろうか。
ゲルは、プライベート空間という感じがしない。日本でいえば、私の祖父母の家にある"縁側"のような空間に似ている。ご近所さんがフラッと訪ねてきて、軽くお茶を飲んで、フラッと帰ってゆく。靴を脱がない立ち寄り感が心地よい。義理堅い挨拶やチップは要らない。
バイルララー と ツァインバイノー
この二つでなんとかなる緩い感じが、とても心地好い。

草原でヤギを屠る
草原ツアーの最終日に、歓迎の酒宴をゲルで開いてくれた。
ー馬糞とキノコー
昼間、遊牧民の女性たちと一緒に辺りの草原をのんびり歩く。良く見ると、あちこちに馬糞が落ちている。これだけ馬がいるので馬糞があるのは当然だ。遊牧民は乾燥している馬糞と、馬糞から生えているキノコをおもむろに集めている。こらはもしや・・そう、乾燥馬糞は燃料、キノコは本日のご馳走となる。
衛生的に大丈夫か?毒キノコではないか?
そんなこと、僕は気にしないタイプだが、他の日本人参加者は結構気にしている。モンゴル人が食べるんだから、日本人も大丈夫だろう。
ーヤギを屠るー
ゲルのある場所に戻ると、遊牧民の男たち数名が山羊の周りに集まっている。何事かと遠巻きに眺めていると、一人の男が小さなナイフで山羊の前足の付け根のあたりを探ったかと思った刹那、あっという間にヤギの命が尽きていた。
人もヤギも大騒ぎすることなく、血が飛び散ることもない。これは神聖な儀式なんだな、その場の空気を肌で感じた。カメラを向けてはいけない神々しさだ。
ヤギは聖なる草原に仰向けにされ、自身の毛皮が絨毯となる。男たちは、この絨毯の上で見事な解体を行う。小刀でサッと肉に裂け目を入れる。あとは、関節を手早く外していく。決して骨をバリバリ折ったり砕いたりしない。驚いたことに血の一滴も大地に落とさない。
やがて、女性たちが山羊の絨毯周りにやってきて、ソーセージ作りが始まった。腸に血を詰め込む。おー、これぞ、腸詰ソーセージ、本物のソーセージだ!
全て絨毯の上で無駄なく進む。
この解体は、作業や調理ではなく儀式に感じた。
命を繋ぐために命を屠る、命の循環である。私もそうだが、現代の日本で忘れてしまった自然界の真理だ。ここモンゴルでは、すべての命が草原の上で育まれる。きっと草原は神聖な大地なのだろう。かつてサントリーのテレビCMで、開高健がウイスキーを指で弾いて、空と大地に捧げていたのを思い出す
ーヤギの塩茹でー
さて、ゲルの中では、酒宴の準備が進んでいた。直径30センチ、深さ1メートルほどの円柱状の缶缶(ミルク缶?)に、拳大の骨付きヤギ肉、キノコ、岩塩、焼けた石を一緒に詰め込み、ただ待つ。ヤギ肉の塩茹でである。
本来は羊を使うらしい。おそらく"ホルホグ"という伝統料理か。

キノコは、もちろん先ほど採った馬糞育ちのキノコだ。
蒸しあがった肉は、ボウルに山盛りにして食卓に鎮座され、各自手づかみで喰らいつく。各自で常備しているナイフを使って、肉を骨から上手に切り落としながら嬉しそうに食べる。遊牧民にとっても滅多にない贅沢なご馳走なのだろう。
美味い。臭みもない。塩味と肉の脂だけのシンプルな料理だが、それだけ自然な肉を味わえる。ワイルドに手づかみして頂く命の肉だ。
草原で酔う
酒といえば、肉やチーズ、ヨーグルトとととに馬乳酒を飲んだ。ビールやワインなどの醸造酒、ウイスキー、ウォッカなどの蒸留酒はとても貴重品のようで、遊牧民には手に入らないようだ。全く見かけない。
宴が盛り上がってくると歌合戦になった。モンゴル人は歌が大好きだ。馬乳酒を片手に歌う歌は、朗々と哀愁があり、かつ堂々としていて、とてもカッコよかった。日本の民謡、演歌に何処となく似ていて、懐かしい旋律もある。楽器や電子音源はないので、みんなアカペラだ。たまらなく温かい。そのうち、日本の歌を歌え、とリクエストされ、悩んだ末、私は坂本九の"上を向いて歩こう"を歌った。モンゴル人は次から次にモンゴルの歌を歌うが、日本の歌と言われてもなかなかの難問である。


宴はさらに盛り上がる。ゲルから外に出て、草原でモンゴル相撲を取る。もちろん屈強な大人のモンゴル人には到底敵わないので、未成年の子供が相手だ。大人達は皆んな酔っ払って何が何だか記憶にないが、モンゴル人の力が強かったこと、多いに盛り上がったかことはしっかりと覚えている。
最後は、我々の観光用ゲルから遊牧民達が帰宅していくのだが、中には泥酔した男もチラホラいて、ほとんど歩けないほど酔っている。とても自力では帰れない状態だ。ところが、自分の馬に何とか乗せてもらうと、後は賢い馬がちゃんと自宅のゲルまで運んでくれると言う。
馬はタクシーよりも賢かかった。

