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【座談会のご報告】福沢諭吉の農業論から考える「米の自給」—歴史から学ぶ現代の食料安全保障



「米不足」が問いかけるもの

2024年から2025年にかけて、私たちは久しぶりに「米不足」という言葉を耳にしました。スーパーの棚から米が消え、価格が急騰する光景は、多くの人に食料安全保障の重要性を改めて意識させる出来事でした。

「米の自給」は本当に守るべき伝統なのか。食料安全保障とは何を意味するのか。こうした問いに向き合うため、2025年12月7日に「新学問のすゝめ推進会議」主催のオンライン座談会が開かれました。テーマは「米の自給をめぐる座談会—福澤諭吉の農業論から現代を考える」。明治期の思想家・福沢諭吉の農業論を手がかりに、多様な立場の参加者が活発な議論を交わしました。

本記事は、その座談会の内容を報告するものです。座談会の詳細な記録は冊子にまとめており、こちらからご覧いただけます。

座談会冊子:[こちらのリンクからご覧ください]

また、今後の座談会にご関心のある方は、新学問のすゝめ推進会議事務局(gakumon@e-uls.org)までお気軽にご連絡ください。

それでは、歴史的視点から現代の食料問題を考える座談会の内容をご紹介していきます。

福沢諭吉が見た明治期の農業—「瑞穂の国」幻想への挑戦

明治期、日本は国民の7〜8割が農業に従事する社会でした。福沢諭吉は農業を基幹産業と位置づけ、貧しい農民の所得向上こそが経済全体を活性化させると考えていました。

しかし福沢の農業論は、当時の常識からすると極めて挑戦的でした。福沢は米を「熱帯植物」と捉え、日本の気候ではインドや東南アジアの生産性に対抗できないと論じました。小麦についても、北米の大規模農業には勝てないと指摘します。

当時は不平等条約のもとで関税自主権がなく、外国産の米や麦が流入する可能性がありました。その条件下で、福沢は「採算の合わない水田は養蚕用の桑畑に転換すべきだ」と主張したのです。養蚕業は当時の主要輸出産業であり、福沢は具体的な収益比較をもとに、米や麦は輸入すればよいという立場をとりました。

さらに食料備蓄についても、現物備蓄はコストと損耗が大きく、国際市場が存在する時代には公債や預金といった貨幣形態で備える方が合理的だと論じました。ただし、米価急落時の短期的な買い上げ介入の必要性にも触れており、完全な市場放任ではありませんでした。

座談会の講師は、福沢から学ぶべき最大の教訓を「現状を絶対視せず、合理的に考える姿勢」だと指摘します。異なる状況で人々が何を考えたかを知ることは、私たち自身の発想を変える契機になります。

「米の自給」をめぐる現代の論点

「米を守る=食料自給」は本当か

座談会では、食料自給率の構造的問題が指摘されました。日本の食料自給率は長期的に低下していますが、その主な理由は米の消費減少と、小麦や畜肉など輸入依存度の高い食品の消費増加です。米の自給率を必死に守っても、全体としての食料自給率は下がり続けています。

「米の自給は日本の普遍的伝統」なのか

次に議論されたのは、「米の自給は日本の伝統」という通念への疑問です。実は歴史的に見ると、日本が米を完全自給できていた時期は限られています。

江戸時代から明治22年頃までは鎖国などの条件により自給せざるを得ない状況でしたが、この時期、国民の大多数は米を主食とせず、雑穀や芋類が中心でした。明治22年から昭和42年頃までは輸入米が流通し「外米」という言葉も一般的でした。昭和42年以降になって、戦後の食糧難を背景に、政府の政策的介入によってようやく自給が成立したのです。

つまり「米の自給」は、私たちが思うほど普遍的な伝統ではなく、特定の歴史的条件や政策によって成立してきたものだという視点が示されました。

座談会参加者たちの多様な視点

安全保障と農業改革

ある参加者は、現代との最大の違いとして「経済安全保障」を挙げました。現代ではエネルギーと食料が安全保障の最前線であり、当時とは条件が大きく異なります。規模拡大や株式会社化は避けて通れない課題であり、農協の機能や流通・価格形成の透明化が必要だと指摘しました。

輸出戦略の可能性

金融業界で働く若い参加者は、米自給100%に過度にこだわらず、輸入前提で供給源を分散する発想を提案しました。高品質な国産米には「高くても買いたい」需要があり、自由化や輸出促進によって生産者のモチベーションが上がり、規模拡大や組織化が進む可能性があるという指摘です。

地政学的リスクと国土保全

一方で、供給網が遮断されるリスク(外交圧力や航路遮断など)を考えると、日本の地政学的な事情は輸入依存国とは異なるという反論もありました。「米と味噌と水があれば、しばらく生きていける」—栄養バランスは崩れても、踏ん張る基盤になるという実感的な言葉が印象的でした。

また、米作りが国土に人の手を入れ、景観や環境を守っているという観点(国土保全機能)にも触れ、総合的な判断が必要だと述べられました。

戦中戦後の記憶—「現物の重み」

戦中戦後の食糧難を経験した参加者からは、米がなく大根を混ぜたご飯、配給制度では金があっても買えなかった現実、引き揚げ時の衰弱した記憶などが語られました。「空腹は理性を失わせる。食料は人間の精神や社会秩序に直接影響する」という実感は、理論だけでは語れない重みを持っています。

変革を動かすのは世論

座談会の最後、講師は幕末の変革を例に引きながら、「内側から変えようとする人の力も必要だが、それを支えるのは世論だ。世論が盛り上がれば、政治も動かざるを得ない」と締めくくりました。

そして、「小さな場の議論でも、発信を積み重ねることが変革の第一歩になる」として、こうした議論を公開していく意義が確認されました。

過去から学び、未来を選択する

福沢諭吉の農業論は、明治という時代の制約の中で展開されたものです。そのまま現代に適用できるわけではありません。しかし、「現状を絶対視せず、合理的に考える」という姿勢は、今こそ必要なものかもしれません。

米の自給をどう考えるか。食料安全保障をどう設計するか。農業の未来をどう描くか。これらの問いに唯一の正解はありません。だからこそ、歴史を知り、多様な視点を理解し、自分たちで考え、議論し、選択していくことが求められています。

座談会に参加した人々の言葉には、経済合理性、安全保障、実体験、長期的視野といった、それぞれの立場からの真摯な思考が込められていました。私たちもまた、こうした議論に参加し、未来を選択する一員です。過去から学び、現在を見つめ、未来を考える—その営みこそが、民主的な社会における「学問のすゝめ」なのかもしれません。


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