小さなプライドに気づいて、少し恥ずかしい
事業承継チャレンジをあえて終わらせて、次の道に歩み始めているワタシです。今、最高に良い流れが来ています。
最近、自分の中の「小さなプライド」に気づいて、ちょっとだけ恥ずかしくなったワタシです。
でも、恥ずかしいけど、悪くない。そんな話を。
先日、家族に何気なく言われた一言が、心にグサリと刺さった。
「うちは貧乏だからさ。」
いやいやいや、と思った。
いやいやいやいやいや、と思った。

そんなに贅沢はしてないけど、収入のうち、けっこうな額を家計に回してるつもりだし、
家族が使いたいって言えば、基本は「いいよ」って言ってきたつもり。
ごはんだって外食だって、無理して断ったことないし。
それなのに、「うちは貧乏」っていう、その一言に、なんだか小さく傷ついたワタシがいた。
たぶん、相手はなんの悪気もなくて、ただの軽口とか、謙遜だったのかもしれない。
でも、こっちは勝手にプライドを刺激されて、「オレなりにやってるのに」って思ってしまった。
この「やってるのに」っていう気持ち、結構クセモノだ。
昔の話を思い出した。
学生時代、サークルの合宿で、みんなでカレーを作ったとき。
ワタシは玉ねぎを切って、にんじんを切って、ずっと立ちっぱなしで調理してた。
でも、誰かが「〇〇くん、まったく働いてなかったよねー」って笑いながら言った。
そのときも、ちょっとムッとした。
「いや、ちゃんとやってたし!」って、思わず言い返しそうになった。
でも、その場のノリを壊すのも恥ずかしくて、笑って流した。
こういうときに出てくる「小さなプライド」。

一度気づくと、ちょっと情けなくて、でもすごくリアルで、人間らしいなと思う。
自分の中の「やってるつもり」と、相手の「気づいてない」がズレてる。
そのズレに勝手に傷ついて、勝手にモヤモヤして、でも表には出せなくて。
でも、この小さなプライドこそが、「自分という人間の輪郭」をつくっている気もする。
悔しいって思うってことは、ちゃんと自分なりの努力とか、信念とか、譲れない何かがあるってこと。
それを笑われたり、無視されたりすると、そりゃ傷つくわけだ。
そして、そういう瞬間に気づくことで、「自分ってこういうところを大事にしてたんだな」ってわかる。
だから、ちょっと恥ずかしくても、
ちょっと情けなくても、
ワタシのこの小さなプライドも、まぁ悪くないかなって思っている。
そうやって自分を知るきっかけになったなら、
「うちは貧乏だから」って言われたあの日も、
意味があったのかもしれない。
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