建築家の空想休憩 第二十話|35年前から時間が止まったプール
海沿いの崖の上に、
35年前から時間が止まったままのプールがある。
白く焼けたタイル。
少し錆びた手すり。
誰も座っていないデッキチェア。
水は今も澄んでいて、
風が吹くたびに、光だけが静かに揺れる。
そこには人の気配がない。
けれど、誰かがいた気配だけは残っている。
夏休みの終わり。
遠くのラジオ。
濡れた足で歩いたタイルの感触。
塩を含んだ風。
人は出来事よりも、
光や音や温度を覚えているのかもしれない。
古い注意看板には、
かすれた文字でこう書かれていた。
NO DIVING
NO RUNNING
NO LOUD NOISE
建築は時々、
人より長く記憶を持ち続ける。
壁のひびも、
錆びた手すりも、
水面に残る午後の光も、
あの日の夏をまだ手放していない。
もしかするとこの場所は、
時間が止まったのではなく、
誰かが忘れたくなかった夏を、
そっと預けていった場所なのかもしれない。

なぜ、古い場所に立つと、そこにいたはずのない人の時間まで感じることがあるのでしょう。
建築と時間について、もう少し深く考えた文章も書いています。
▶︎ 「設計は、空間ではなく時間を扱う仕事だ。」
建築家の空想休憩では、実際には存在しない建築や風景を、ときどき思い浮かべています。
海の家、森の建物、誰もいない場所――そんな小さな空想をまとめています。
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海と建築、そしてそこに流れる静かな時間。
少し違う海辺の風景を、もうひとつ空想しています。
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