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建築は時間の芸術|時間建築論 第9章

導入 芸術は、時間を越えて人の心を伝える


私たちは、
なぜ何百年も前につくられた芸術に、
心を動かされるのでしょうか。

その作品をつくった人と、
直接会ったことはありません。

同じ時代を生きたわけでもありません。

話していた言葉も、暮らしていた場所も、
見ていた風景も違います。

それでも、一枚の絵を前にすれば、
その人が見つめていた世界を想像することができます。

彫刻に残された形からは、
素材と向き合った人の意志や手の動きを感じることができます。

音楽を聴けば、喜びや悲しみ、
祈りや孤独が、時代や言葉を越えて伝わってくることがあります。

文学を読めば、遠い時代を生きた人の迷いや願いが、
まるで今を生きる自分のことのように感じられることもあります。

芸術作品に残されているのは、
美しい形や音、
言葉だけではありません。

そこには、それをつくった人が生きていた時間があります。

何を見ていたのか。
何を美しいと感じたのか。
何を恐れ、何を願い、何を未来へ残そうとしたのか。

私たちは、作品だけから作者の心のすべてを正確に知ることはできません。

けれど、そこに残された痕跡をたどりながら、
その人が生きた時間に触れることはできます。

作者の身体は、すでにそこにはありません。

それでも作品は残り、
何十年、何百年、何千年という時を越えて、
未来の誰かに語りかけ続けます。

そう考えると、
芸術とは単に美しいものをつくる行為ではないのかもしれません。

芸術とは、
人の心と、その人が生きた時間を未来へ手渡す行為なのではないでしょうか。

では、建築はどうでしょう。

古い建築の前に立つとき、
私たちは外観の形や構造だけを見ているわけではありません。

なぜ、この場所に建てられたのか。
なぜ、この方向に開かれているのか。

なぜ、この高さで、なぜこの光を取り入れたのか。
そこで人々は、何を願い、どのように暮らしていたのか。

柱の間隔、
屋根の形、
窓から入る光、
石や木に残る傷。

その一つひとつから、設計した人の考えや、
つくった職人の技術、その時代の価値観を読み取ることができます。

しかし、建築には、ほかの芸術とは少し異なるところがあります。

建築は、作者が完成させた時点で、
その時間が閉じるわけではありません。

完成したあとも、人が入り、
使い、暮らし、手を加え続けます。

設計者の思想の上に、職人の手仕事が重なる。
その上に、使う人の暮らしが重なる。
さらに、季節や風雨、街の変化が重なっていく。

建築の中には、ひとりの作者の時間だけではなく、
そこに関わった多くの人の時間が積み重なります。

芸術が、人の心と時間を未来へ渡すものであるならば、
建築はその時間を受け取り、さらに次の時間へつないでいく芸術です。

この章では、

絵画、
彫刻、
文学、
音楽など、
さまざまな芸術と時間の関係を見つめながら、
建築にしか持つことのできない時間について考えてみたいと思います。

なぜ建築は、
長い年月を越えて人の心を伝えることができるのか。

なぜ建築には、
設計者だけでなく、
使う人や街の時間まで刻まれていくのか。

そして、なぜ私は建築を、
単なる空間の芸術ではなく、「時間の芸術」と考えるのか。

その答えを、ここから探していきたいと思います。


「時間建築論」ではこれまで、素材の変化、五感、記憶、風景、そして未来という視点から、建築の中を流れる時間について考えてきました。
第0章から続く全体の流れは、こちらからお読みいただけます。




1.作品に残る、作者の時間


一枚の絵の前に立つとき、
私たちはそこに描かれたものだけを見ているのでしょうか。

風景。人物。光。色。形。

目に見えるものは、確かに作品の表面にあります。

けれど、私たちがそこから感じ取っているものは、
それだけではありません。

なぜ、この風景を描こうとしたのか。
なぜ、この色を選んだのか。

なぜ、この表情を残したのか。
その人は何を見つめ、何を感じながら手を動かしていたのか。

作品を見つめていると、私たちは自然に、
その向こう側にいる作者の存在を想像します。

もちろん、同じ作品を見ても、感じ方は人によって異なります。
作者が意図していなかった意味を、見る側が見つけることもあります。

それでも作品には、作者が生きた時間の痕跡が残っています。

筆を重ねた時間。
形を探し続けた時間。
迷い、消し、もう一度つくり直した時間。
その時代の中で抱えていた不安や願い。

完成した作品の中には、
そこへ至るまでの時間が折り重なっています。

彫刻も同じです。

一つの石や木の塊から形を生み出すまでに、
作者は何度も対象を見つめ、手を動かし、
削るべきところと残すべきところを判断します。

表面の凹凸や道具の跡には、
作者の身体の動きや、
素材と向き合った時間が刻まれています。

文学では、その時間が言葉として残ります。

遠い時代に書かれた文章を読むと、
当時の暮らしや社会だけでなく、
その中を生きた一人の人間の迷いや怒り、
孤独、希望に触れることがあります。

時代も国も違うはずなのに、
ある言葉が自分の心に重なる。

それは、作品に残された思いが、
時間を越えて今を生きる私たちに届いた瞬間なのだと思います。

芸術作品は、
過去をそのまま保存するものではありません。

作品の中に、
過去のすべてが閉じ込められているわけでもありません。

けれど、

作品は過去と現在のあいだに、
一つの通路をつくります。

その通路を通して、
私たちは自分が生きていない時代を想像し、
会ったことのない人の心に近づこうとします。

何百年前の絵画であっても、
何千年前の彫刻であっても、
そこには確かに誰かの手が触れ、
誰かの目が見つめ、誰かの時間が流れていました。

作者はいなくなっても、その痕跡は作品の中に残ります。

そして作品を見る人がいる限り、
その時間は何度でも現在に呼び戻されます。

作品は過去に属しています。

けれど、それを受け取るのは、いつも現在を生きる人です。

そのとき、過去の作者の時間と、
今ここで作品に向き合う私たちの時間が、
一つの場所で重なります。

芸術は、時間を越えて残るだけではありません。
異なる時代を生きる人と人を、静かにつないでいるのです。


ここから先では、芸術の中でも特に時間との関係が深い音楽を手がかりに、建築へと話を進めていきます。

形を持たない音楽は、どのように作者の心を時間の中へ残すのでしょうか。
そして建築は、設計者の思想だけでなく、職人や使う人、自然や街の時間まで、どのように重ねていくのでしょうか。

ここからは、メンバーシップ「時間建築室」の限定部分です。

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