見出し画像

囲むという思想|韓国のマダンと京都の坪庭

「どんな家にしたいですか?」

ある建築主にそう尋ねたとき、
返ってきた言葉は意外なものだった。

「京都が好きなんです。町家のような家にしたい。」

そこから設計が始まった。

京都の町家。
間口が狭く、奥へと深い。

通りに対しては閉じながら、
内部には通り庭や坪庭を持つ。

光と風は、正面からではなく、
横や上から静かに入り込む。

そのイメージを、
どう現代の住宅に翻訳するか。

玄関へ至るアプローチは、
あえて短く、圧縮した。

石畳を敷き、米杉の縦格子を連続させ、
足元からの間接照明を仕込む。

派手な演出ではない。




都市の隙間にある路地の記憶を、
素材と光で再構成する。

そしてその奥に、小さな坪庭を設けた。


ほんの数坪にも満たない空間だ。

砕石と飛石、細い落葉樹、簡素な木製ベンチ。

三方向を建物が囲み、
外部からの視線は遮られている。

しかし完全に閉じているわけではない。

縦格子越しに光と気配がにじむ。

それは庭というより、「空のための空洞」だった。

この家は、自分にとって一つの原点となった。
中庭とは何か。囲むとはどういう行為か。

その問いが、ここから始まった。

同じ「中庭」でも、
その成立原理はまったく異なる。

韓国のマダンと京都の坪庭。

囲むという行為の背後には、
家族観と都市観が潜んでいる。

伝統住宅と現代住宅を横断しながら、
その思想を読み解く。



京町家の坪庭 ― 都市の中の呼吸孔


京都の町家、いわゆる京町家は「鰻の寝床」と呼ばれる。間口が狭く、奥行きが長い。これは単なる造形ではない。江戸期の間口課税制度という都市制度が、平面構成を規定した結果である。

しかし制約は、空間の質を貧しくするとは限らない。

町家には通り庭がある。土間としての動線であり、商いの作業空間であり、風を通すための縦の空気の道である。そしてその途中や奥に、坪庭が挿入される。

坪庭の役割は明確だ。光と風を内部に引き込むための装置である。高温多湿の気候条件のもと、細長い平面の奥まで環境を行き渡らせるための合理的な回答だった。

つまり、町家の中庭は「囲む」ための空間ではない。むしろ「抜く」ための空間である。都市の高密度条件に対する環境制御装置。それが坪庭の本質だ。


そこには共同体の象徴性よりも、都市への応答がある。


韓屋のマダン ― 共同体の核


一方、韓国の伝統住宅である韓屋はどうか。

代表的なのは、ㅁ字型、いわゆる口字型の平面構成である。建物が四方を囲み、その中央にマダン(마당)と呼ばれる中庭を持つ。

マダンは単なる庭ではない。洗濯、作業、子どもの遊び、儀礼。生活の中心であり、家族共同体の核である。オンドル床と板間、男性空間と女性空間、主屋と別棟。儒教的秩序のもとで空間は分節され、その関係性がマダンを軸に組み立てられる。

韓屋の中庭は、「囲む」ことに意味がある。建物が取り囲むことで、内側に秩序が形成される。寒冷な冬、外部からの遮断も合理的であったが、それ以上に、内向的な家族単位の世界観が平面に現れている。


京町家の坪庭が都市に対する呼吸孔だとすれば、韓屋のマダンは共同体の広場である。

同じ「中庭」でも、成立原理はまったく異なる。


囲むか、通すか


ここで整理してみる。

京町家は、通す構造だ。
通り庭によって風を通し、坪庭によって光を落とす。線形の平面の中に、点としての空洞を挿入する。

韓屋は、囲む構造だ。
建物が中庭を包み込み、その内部に生活秩序を形成する。平面は閉じた輪郭を持ち、中心が明確である。

前者は都市条件への合理的応答。
後者は共同体思想の空間化。

どちらも気候に根ざしながら、社会構造を映している。


抽象化された中庭


近代以降、中庭はどのように再解釈されたか。


その代表的な例として、安藤忠雄の初期作品「住吉の長屋」が挙げられる。

間口三間の都市住宅。その中央に、屋根のないコンクリートの中庭が挿入される。居間から寝室へ移動するには、一度外気にさらされる必要がある。

そこにあるのは、伝統の模倣ではない。町家の通り庭でもなければ、韓屋のマダンでもない。だが、都市の中に空を取り戻すという強烈な意思がある。

それは、中庭の形式ではなく、中庭の思想を抽象化した試みだった。

囲むことによって、外部と切断する。
切断することで、空の存在を際立たせる。

中庭は、都市への批評装置へと変わった。


私にとっての中庭


あの小さな坪庭を設けた住宅に戻る。

建築主は「京都のように」と言った。しかし私がつくったのは、京町家の再現ではない。韓屋のような囲いでもない。

都市の中の限られた敷地条件。周辺環境との関係。現代の生活動線。そのすべてを踏まえたうえで、光と空を切り取る小さな空洞を挿入した。

それは、共同体の広場でもなければ、環境装置としての合理性だけでもない。

設計者として、イメージを空間へ翻訳する過程そのものだった。

伝統は、形式をなぞることで継承されるのではない。構造を理解し、抽象化し、現代の条件の中で再編集する。その態度こそが、本質だと思う。

中庭とは、囲われた空間のことではない。

それは「外部との距離の取り方」であり、「都市への態度」であり、「家族観の表明」である。

韓国のマダンも、京都の坪庭も、そして現代の住宅の小さな空洞も、それぞれの時代と社会を映している。

囲むという行為は、単なる形態操作ではない。
そこには、誰と生きるか、どのように外部と関わるかという思想が潜んでいる。

あの家の小さな坪庭は、いまでも静かに光を受けているだろう。
空は、どの時代も変わらず、上にある。

私たちは、その空をどのように切り取るのか。


その問いは、これからも設計の中心にあり続ける。



いいなと思ったら応援しよう!

Shinji よろしければ応援お願いします! いただいたチップはクリエイターとしての活動費に使わせていただきます!