アモーレパシフィック本社|白い格子が、時間を受け止める建築
巨大な箱でありながら、なぜこの建築は静かに見えるのか
1|導入:ソウルの街中に現れる、静かな白い箱

ソウル・龍山の街を歩いていると、突然、白い格子に包まれた巨大な建築が姿を現す。アモーレパシフィック本社。
それは、いわゆる高層ビルのようにガラスを光らせて存在を主張する建築ではない。むしろ反対に、光を受け止め、影をまとい、都市の中で静かに立っている。
遠くから見ると、白い箱のようにも見える。
けれど近づくと、その表情は一変する。
無数に並ぶ縦のルーバー。
奥に引き込まれたガラス面。
建物の中央に大きく開けられた空白。
そして、その空白を通り抜ける光と風。
この建築は、単に「大きい」だけではない。
巨大でありながら、どこか静かで、軽やかで、呼吸しているように見える。
なぜ、これほど大きな建築が威圧的に見えないのか。
なぜ、白い格子に覆われたこの建物は、時間によって表情を変えるのか。
今回は、アモーレパシフィック本社を題材に、建物の概略、設計コンセプト、そして私が考えている「時間建築論」の視点から、この建築を読み解いてみたい。
2|建物の概略
アモーレパシフィック本社 (AMOREPACIFIC)は、ソウル市龍山区に建つ、韓国を代表する化粧品企業アモーレパシフィックの本社ビルである。
設計を手がけたのは、イギリスの建築家デイヴィッド・チッパーフィールド。現代建築の中でも、過度な造形性ではなく、素材、比例、光、静けさを重視する建築家として知られている。
この建物は、単なる企業のオフィスビルとしてだけでなく、都市に開かれた複合的な本社建築として計画されている。
内部にはオフィス機能のほか、ミュージアム、商業施設、文化的な空間などが組み込まれ、企業のためだけの閉じた建築ではなく、都市と関係を持つ建築として構成されている。
外観でもっとも印象的なのは、建物全体を覆う白い縦ルーバーである。
ガラス面をそのまま街にさらすのではなく、その手前に薄い膜のような外皮をまとわせている。
この白い外皮によって、建物は強い存在感を持ちながらも、どこか柔らかく、静かな表情を獲得している。
また、建物の中央には大きな空洞が設けられている。
都市の中に巨大な量塊を置くのではなく、あえて建築の一部を抜き取り、光と風が通る余白をつくっている。
この「白い外皮」と「大きな空白」が、アモーレパシフィック本社を単なる企業ビルではなく、都市の中で時間とともに変化する建築にしている。
3|白磁のような建築
アモーレパシフィック本社を見ていると、ときどき韓国の白磁を思い出す。
余計な装飾を削ぎ落とし、静かで、白く、けれど決して弱くはない。
近づけば近づくほど、表面のわずかな陰影や奥行きが見えてくる。
実際、この建築には韓国の白磁、特に「月壺(タルハンアリ)」のような美意識が意識されていると言われている。
月壺は、完全な左右対称でもなければ、極端に装飾的でもない。
しかし、その少しの揺らぎや余白が、独特の静けさを生み出している。
アモーレパシフィック本社も、それに近い。
遠くから見ると、単純な白い箱に見える。
だが近づくと、無数の縦ルーバーが細かな陰影をつくり、時間によって建物の表情が変化していく。
朝は柔らかく光を受け、
昼は深い影をつくり、
夕方には白い外皮が少しだけ赤みを帯びる。
つまりこの建築は、固定された「完成形」を見せる建築ではない。
光や空気、時間によって、少しずつ表情を変えていく建築なのである。
ここには、現代的な高層ビルにありがちな、強いガラスの反射や過剰なアイコン性はほとんどない。
むしろこの建築は、自分を強く見せることよりも、周囲の環境を受け止めることを選んでいるように見える。
白い外皮は、壁というよりも、光を受ける膜に近い。
そして、その膜の奥で、建築は静かに時間を映し続けている。

4|白いルーバーは、時間を映す膜である

この建築でもっとも印象的なのは、やはり外壁を覆う無数の白い縦ルーバーだろう。
普通の高層オフィスであれば、ガラスカーテンウォールを全面に見せることが多い。都市を映し込み、空を反射し、シャープな存在感をつくるためだ。
しかしアモーレパシフィック本社は、ガラスを前面に押し出していない。
ガラスの手前に、もう一枚、白い膜のような層を置いている。
このルーバーは、日射を制御する環境装置でもある。
強い直射光を和らげ、内部の熱負荷を減らし、光を柔らかく拡散させる。
けれど、この建築の面白さは、性能だけではない。
重要なのは、この外皮が「時間」を見せていることだ。
朝、東から光が差し込めば、細い影が建物全体に現れる。
昼になると影は短くなり、白い外皮の均質さが強調される。
そして夕方になると、ルーバーの奥に深い陰影が生まれ、建築は急に立体感を帯び始める。
つまり、この建築は、時間によって表情が変化する。
もし全面ガラスだけの建築だったなら、ここまで繊細な変化は生まれなかったかもしれない。
白いルーバーは、単なるデザインではない。
それは、光を受け、影をつくり、時間の流れを可視化するための装置なのである。
私は以前から、建築とは「空間」を設計するだけではなく、「時間」を設計する行為でもあると考えている。
光がどのように移動するか。
影がどのように伸びるか。
人がどの瞬間に建築を美しいと感じるか。
そうした時間の変化を受け止めることができる建築は、完成した瞬間だけではなく、日々の暮らしの中で少しずつ深みを増していく。
アモーレパシフィック本社の白い外皮は、まさにそのための膜のように見えるのである。
5|建築の中心にある、大きな空白
アモーレパシフィック本社を特徴づけているもう一つの要素が、建物に大きく開けられたボイドである。
巨大な箱の中に、ぽっかりと空白がある。
通常、都市の中心部に建つ本社ビルであれば、できるだけ床面積を確保したいと考える。土地の価値が高ければ高いほど、建物は効率を求められる。
しかしこの建築は、あえて大きな空白を持っている。
その空白は、単なるデザイン上の穴ではない。
光を取り込み、風を通し、視線を抜けさせるための空間である。
都市の中に巨大な建築を置くと、どうしても圧迫感が生まれる。
特に、四角い量塊がそのまま立ち上がると、街に対して強い壁のように感じられる。
けれどアモーレパシフィック本社は、その量塊の一部を抜き取ることで、建物の中に空を招き入れている。
この「抜く」という操作が、とても重要だと思う。
建築は、何かを建てる行為であると同時に、何を残し、何を空けるかを決める行為でもある。
壁をつくること。
床を積むこと。
屋根をかけること。
それらはもちろん建築の基本である。
しかし同じくらい大切なのは、空白をつくることだ。
人が立ち止まる場所。
光が落ちる場所。
風が通る場所。
視線がふっと抜ける場所。
そうした余白があることで、建築は単なる巨大な物体ではなく、都市の中で呼吸する存在になる。
アモーレパシフィック本社のボイドは、まさにそのような空白である。
建物の内側にありながら、外部のようでもある。
都市に面していながら、少し守られている。
巨大な企業本社でありながら、どこか人が休むための場所のようにも見える。
この曖昧さが、この建築に独特の奥行きを与えている。
そして、この空白にもまた、時間が流れている。
朝の光が差し込み、昼の明るさが満ち、夕方には影が深くなる。
季節によって光の角度が変わり、風の抜け方も変わる。
つまりこのボイドは、単なる形ではなく、時間が滞在する場所なのである。

6|時間を受け止める建築
私は以前から、建築とは「空間」を設計するだけではなく、「時間」を設計する行為でもあると考えている。
どんな光が差し込むのか。
どんな風が抜けるのか。
どんな速度で人が歩き、立ち止まり、振り返るのか。
建築は、完成した瞬間だけで存在するものではない。
時間の中で変化し、人に記憶され、少しずつ風景になっていく。
アモーレパシフィック本社を見ていると、そのことを強く感じる。

この建築は、決して派手ではない。
遠くから見ると、むしろ非常に単純な白い箱にも見える。
しかし、長く見ていると、少しずつ表情が変わり始める。
ルーバーに落ちる影。
ボイドに差し込む光。
ガラス面の反射。
曇りの日の柔らかな白さ。
雨の日に少し沈んで見える外皮。
その変化は、劇的ではない。
けれど静かに、確実に、建築の印象を変えていく。
つまりこの建築は、「形」を強く見せる建築ではなく、「変化」を受け止める建築なのである。
ここには、完成した瞬間の美しさだけではなく、時間の流れの中で成立する美しさがある。
これは、日本や韓国の古い建築感覚ともどこか重なっているように思う。
障子越しの光。
縁側に落ちる夕方の影。
木が少しずつ色を変えていくこと。
雨の日に庭が暗く沈むこと。
東アジアの建築には昔から、「変わらない美しさ」よりも、「移ろう美しさ」を受け入れる感覚があった。
アモーレパシフィック本社は、巨大な現代建築でありながら、その感覚をどこかに残している。
だからこの建築は、完成写真だけでは少し伝わりにくい。
実際に歩き、時間によって変わる光を見てはじめて、この建築の静けさが少し理解できる気がするのである。

7|白い格子の奥に、時間がある
現代の都市には、強い建築が多い。
巨大なガラス。
目立つ形態。
都市に対して存在を主張するファサード。
もちろん、それらにも時代の表現としての意味はある。
しかしアモーレパシフィック本社は、少し違う方向を向いているように見える。
この建築は、自分を強く見せるというよりも、光や風、時間の変化を受け止めることで成立している。
白いルーバーは、時間によって表情を変え、
中央のボイドには、空と光が流れ込み、
建築全体が、静かに呼吸しているように感じられる。
それは、完成した瞬間だけを見せる建築ではない。
朝と夕方で違う。
晴れの日と雨の日で違う。
季節によっても少しずつ変わる。
つまりこの建築は、「完成された物体」というより、「時間の中に置かれた器」に近いのかもしれない。
私は以前から、建築とは時間を扱う仕事だと考えている。
空間は、時間によって記憶される。
光によって印象が変わり、
風によって感覚が変わり、
人の経験によって意味が変わっていく。

アモーレパシフィック本社は、そのことを静かに教えてくれる建築だった。
白い格子の奥には、
空間だけではなく、確かに「時間」が存在しているのである。

この建築を見ながら、あらためて感じたのは、建築とは完成した瞬間だけで語れるものではない、ということでした。
光が移ろい、影が深まり、風が抜け、人の記憶に残っていく。
そうした「時間の中で変化する建築」について、私は別の記事でも考えています。
▶︎ 時間建築論|空間は、時間の中で記憶される
ここから先は、建築を“時間”という視点から読み解く話です。
はじめて読んでくださった方へ。
このnoteでは、建築、暮らし、時間、そして日本と韓国の住文化について、建築家の視点から記録しています。
私がどのような立場で、どんなテーマを大切にしながら書いているのかは、こちらのプロフィール記事にまとめました。
よろしければ、あわせて読んでいただけるとうれしいです。
▶︎ 建築家として、時間と暮らしを記録する|新しいプロフィール
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