忘れられた4人の大逆転。 〜富士フイルム「傍流」40年の種まき物語〜
こんにちは。
株式会社スプリングボード代表の足立晋平です。
NHKのプロジェクトXが好きです。
名もなき技術者や営業担当者が、限られた資源の中で知恵を絞り、世間から見向きもされない場所で黙々と種をまき、やがて大きな花を咲かせる。あの構造にどうしても弱い。中島みゆきの「地上の星」が流れ始めた時点で、だいたい泣いています。
先日、日経新聞である記事を読みました。
読み終えた瞬間、「これ、プロジェクトXじゃないか」と思いました。
富士フイルムの半導体材料事業。
たった4人の技術者が40年前にまいた種が、今や営業利益950億円の大黒柱に育ったという話です。
この物語、30代・40代のリーダーにとって、ものすごく「使える」示唆に満ちています。
🏭 写真フィルムの会社で「半導体」を始めた4人
1980年代前半。富士フイルムは写真フィルムの全盛期でした。
そんな中、白黒写真の感光材料を研究していた小久保忠嘉さんという技術者が、シルバーショックをきっかけに「脱・銀塩フィルム」を提案します。次の収益源としてフォトレジストに着目し、上司に進言したのです。
結果は、あっさり却下。
「付加価値が低い」と一蹴されました。
ところが数年後、会社がフォトレジストの自社開発に方針転換した時、白羽の矢が立ったのが小久保でした。集められたのは、わずか4人。
当時の競合は30人超の体制で研究に取り組んでいます。
しかも写真フィルムが絶好調の社内では、半導体材料チームは半ば忘れられた存在だった。
ここがまず、ぐっときます。
多くの人は、花が咲いた後しか見ません。
でも本当は、その前に必ず「誰にも期待されていない時期」があるんですよね。
⚔️ 「脱・富士フイルム流」という決断
ここからが面白いところです。
悩んだ末に小久保さんが選んだのは、会社の常識を捨てることでした。
🔹 独自の開発方法は取らない。業界標準の範囲内で「ちょっとだけ違うことを、ちょっとだけ早くやる」
🔹 自前主義を捨てる。半導体メーカーを含む外部パートナーとの連携で戦力不足を埋める
記事中ではこれを「弱者の兵法」と表現しています。
正面から殴り合っても勝てない。
ならば、戦い方そのものを変える。
これ、幕末の高杉晋作が「奇兵隊」を創設した時と同じ発想です。
当時の常識は、武士が戦うもの。でも晋作は身分を問わず農民や町人も集め、長州藩のエリート武士団とはまったく異なる戦い方で、幕府の大軍を打ち破りました。
強者のルールで戦えば負ける。ならばルールそのものを変える。
小久保さんの4人組も、晋作の奇兵隊も、少数だからこそ常識に縛られなかった。
これは「弱さ」ではなく、弱者だけが持てる自由だったのだと思います。
💡ちょこっと理論紹介💡
🔄 両利きの経営
組織が長期的に生き残るには、既存事業の深化と新規事業の探索を同時に行う必要がある、という考え方です。
写真フィルムという「深化」事業が絶頂の時代に、半導体材料という「探索」に4人を配置した富士フイルム。面白いのは、当初これが緻密な戦略というより、ほとんど「忘れられた存在」として放置された結果だったことです。
でも、その放置こそが4人に自由を与えた。本流の管理から少し外れていたことが、逆にイノベーションを守った。 リーダーは時に、管理しすぎないことで未来を育てるのかもしれません。
🔑 フォトレジストは「入口」だった
小久保がフォトレジストにこだわり続けたのには、深い理由がありました。
フォトレジストは半導体の回路設計と密接に関わる工程です。
つまり顧客の研究開発情報に、最も早い段階からアクセスできるポジションなのです。
ここを押さえることで、「他の工程での戦い方」も見えてくる。
実際に富士フイルムは、フォトレジストを起点に、研磨剤や洗浄材料などへと製品の幅を広げていきました。

最初の小さな一歩は、全体像を見据えた「入口」だった。
これは私たちの仕事にもそのまま当てはまると思います。
たとえば新しい部署や新規プロジェクトを任された時。
最初にやるべきことは、派手な成果を出すことではなく、情報が集まるポジションを確保することかもしれない。
顧客の信頼を一つずつ積み上げ、小さな実績から次のチャンスを広げていく。
小久保チームが台湾メーカーへの納入に3年かけたように、最初の突破口は時間がかかるものです。
でも、その「入口」を押さえた者が、最終的には広い市場を手にする。
🎨 ゴッホが「ダメな人」だった時代
この「忘れられた場所から花が咲く」という構造で、どうしても思い浮かぶ人物がいます。
画家、フィンセント・ファン・ゴッホです。
ゴッホは画家になる前、美術商として働いていました。
しかし、顧客に「この絵は買う価値がありません」と正直に言ってしまうような人間です。当然、クビになりました。
次に伝道師を志しますが、貧しい炭鉱労働者に共感しすぎて、自分の服や食べ物を全部あげてしまう。結果、教会から「やりすぎです」と解任される。
美術商でもダメ。
聖職者でもダメ。
どの「場所」に置かれても、不適合者だった。
ところが、27歳で絵筆を握った瞬間、すべてが変わります。
過剰な共感力、激しい感情の振れ幅、妥協を知らない誠実さ。
商売や宗教の文脈では「欠点」でしかなかったものが、キャンバスの上では人類史に残る傑作を生み出す才能に転化しました。
糸杉のうねり、星月夜の渦巻き、ひまわりの生命力。
あの激しさは、別の場所では「問題」だったものが、正しい場所を見つけた結果です。
富士フイルムの4人組も、同じだったのではないかと思うのです。
写真フィルムの本流にいたら「ちょっと変わった提案をする人」で終わっていたかもしれない小久保さんが、半導体材料という「別のキャンバス」を与えられた途端、その先見性と粘り強さが輝き始めた。
才能が「欠点」に見えるか「武器」に見えるかは、置かれた場所で決まる。
そしてゴッホは、生前にはほとんど評価されなかった。
売れた絵はたった1枚とも言われています。
「忘れられた存在」どころか、「存在すら知られていなかった」のです。
それでも弟テオへの手紙には、「絵を描かずにはいられない」と繰り返し書いている。
小久保さんが社内で忘れられながらも40年にわたる事業の礎を築いたように、本当に価値のある種は、世間の評価と関係なく、まく人がまき続けたから芽吹いた。
この話、胸に刺さります。
🔥 「CDMOの1万分の1でもいいからカネを回してください」
小久保さんが2011年に会社を去った後、半導体材料部門に自ら志願して飛び込んだのが岩崎哲也氏でした。
同期からは、「なぜそんなところに」と左遷扱いされたそうです。
でも岩崎さんには、小久保さんが築いた基盤の価値が見えていた。
社長の後藤禎一氏に対して、こう直訴します。
「CDMOの1万分の1でもいいからカネを回してくださいよ。富士フイルムには第3、第4の柱が必要になるんです」
この直訴が転機になりました。
1000億円規模のM&Aも実現し、半導体材料事業は一気に成長軌道に乗ります。
小久保さんが種をまき、岩崎さんが水をやり、後藤さんが日光を当てた。
一人の天才が全部やったのではなく、世代を超えたリレーがあった。
ここもまた、リーダーにとって大事な視点だと思います。
成果というのは、たいてい自分の代だけで完結しません。
自分がまく種もあれば、自分が育てる他人の種もある。
そして、ときには自分が咲かせるのではなく、次の誰かに託すこともある。
それでも意味がある。
むしろ、それこそが組織で働く醍醐味なのかもしれません。
💡ちょこっと理論紹介💡
🧭 センスメイキング理論
組織心理学者カール・ワイクが提唱した理論で、混沌とした状況から意味を読み取り、行動の指針をつくるプロセスを指します。
小久保さんがシルバーショックという混乱から「銀塩フィルムの構造的リスク」を読み取り、フォトレジストという新たな物語を紡いだプロセスは、まさにこれです。
同じ出来事を見ても、多くの人は「一時的な変動」と解釈した。けれど彼は、そこに40年先の兆しを見た。 出来事にどんな意味を与えるかで、その後の行動はまったく変わる。
日々のニュースや市場の変化を、「自分のチームにとって何を意味するか」と問い直す習慣は、リーダーの必須スキルだと思います。
🌱 あなたのチームの「4人」は誰か
この記事を読んでいる方の中には、まさに今「忘れられた存在」の部署にいたり、社内で「なぜそんなところに」と思われるような仕事を任されている方もいるかもしれません。
あるいはリーダーとして、メンバーの中に「まだ芽が出ていない種」を見つけられていないことに、どこかで気づいている方もいるのではないでしょうか。
富士フイルムの元会長・古森重隆氏は退任時、全社員に向けたメッセージでこう語りました。
「自ら変化をつくりだす企業となっております。将来にわたって成長する企業であり続けるためには、常に変革が必要」
これは企業だけの話ではなく、私たち個人にも言えることだと思います。
今の自分の「本流」
——慣れた仕事、得意なやり方——
にしがみつくだけでは、いつか環境の変化に飲み込まれる。
だからこそ、小さくてもいいから、自分の中に「もう一つの柱」の種をまいておく。
それは副業かもしれないし、新しいスキルの習得かもしれないし、社内の別部署との小さな協業かもしれません。
大事なのは、最初から大きな成果を求めないこと。
小久保さんは4人で始め、40年かけて950億円の事業にした。
ゴッホは10年間ひたすら描き続け、死後にようやく世界が追いついた。
でも種は、まかなければ絶対に芽吹きません。
✏️ 今日のまとめ
弱者には弱者の戦い方がある。そして忘れられた場所にこそ、次の柱が芽吹く。
40年前、大井川のほとりでたった4人がまいた種。
それが今、世界最先端の半導体材料事業として実を結んでいる。
この話を読んで、プロジェクトXが好きな私としては、やはり泣きそうになりました。
華やかな本流にいる人だけが、未来をつくるわけではない。
むしろ、誰にも期待されていない場所で、黙って種をまいている人たちが、あとから組織を救うことがある。
だからこそリーダーは、今すぐ成果が見えない人や、まだ言語化されていない違和感や、小さな挑戦の芽を、雑に扱ってはいけないのだと思います。
皆さんの「まだ芽が出ていない種」は何ですか?
よかったらコメントで教えてください。
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