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王者は、なぜ消えるのか。 〜iモードとヴェネツィアの誤算〜

こんにちは。
株式会社スプリングボード代表の足立晋平です。

三男が所属するサッカークラブには、保護者のLINEグループがあります。

これが、なかなかの猛者でして。

試合の集合時間、雨天中止の連絡、配車の調整。そして、誰かの「了解しました!」スタンプの大雨。

夜になると、スマホが震え続けます。

正直、通知を切りたい。
切りたいのですが、切れません。

そこにしか情報がないからです。

抜けたら困る。
でも、居続けるのもしんどい。

この「抜けられなさ」こそが、実は経営学で長く研究されてきた、ある強烈な現象そのものなのです。


🔗 「みんなが使っているから使う」の正体

普通の商品は、品質を上げれば価値が上がります。

当たり前ですね。

ところが世の中には、品質がまったく変わっていないのに、使う人が増えるだけで価値が上がっていく商品があります。

たとえば、交通系ICカード。

カード単体には、ほとんど価値がありません。ところが2013年、全国10種類の交通系ICカードが相互利用できるようになった瞬間、「どこに行っても使える」という価値が一気に生まれました。

カードそのものは、1ミリも変わっていないのに、です。

FAXもそうです。

「うちはもうやめます」と簡単に宣言できないのは、取引先がまだ使っているから。

技術の優劣ではなく、周りにいる人の数が価値を決めているのです。

冒頭のLINEグループも、まさにこれです。

LINEが機能として飛び抜けて優れているから、使っているわけではありません。

妻も、息子のチームメイトの親も、取引先の担当者も、みんなそこにいるから使っている。

もし私ひとりが、別の高性能なアプリに乗り換えたとしても、待っているのは静まり返った画面だけです。

💡ちょこっと理論紹介💡
🕸️ ネットワーク外部性(カッツ&シャピロ)
 

1985年に経済学者のマイケル・カッツとカール・シャピロが定式化した概念です。ある商品やサービスの価値が、その商品を使っている人の数によって変わる現象を指します。

電話が世界に1台しかなければ価値はほぼゼロですが、100万台あれば莫大な価値を持つ。

重要なのは、この価値が企業単独の品質改善だけでは生み出せないという点です。いったんこの力が働き始めると、後発企業はどれだけ優れたものを作っても勝ちにくくなる。

だから多くの企業が、この「堀」を必死に築こうとするわけです。

つまり、ネットワーク外部性は最強クラスの参入障壁です。

……という話で終われば、めでたしめでたしなのですが、現実はもう少し意地が悪い。

📱 4000万人を集めたiモードの誤算

1999年、NTTドコモがiモードを世に出しました。

携帯電話でメールを読み、ニュースを見て、着メロを買う。

いまとなっては当たり前ですが、当時としては世界最先端のサービスでした。

契約者数は4000万人を超え、海外の研究者や企業関係者が、わざわざ日本まで視察に訪れるほどの成功例だったのです。

仕組みも見事でした。

ドコモが「公式メニュー」という入口を管理し、コンテンツ会社に代わって課金を行う。

利用者が増えれば、コンテンツが増える。
コンテンツが増えれば、さらに利用者が増える。

教科書に載せたいくらい、きれいな循環です。

では、なぜ消えたのか。

理由はシンプルで、そして残酷です。

iモードの強さの正体は、コンテンツの質でも、技術力だけでもありませんでした。

ドコモが「門番」だったことです。

入口を握り、そこを通らなければ商売にならない状態をつくった。

それが、力の源でした。

ところが、スマートフォンとアプリストアが現れます。

コンテンツを提供する企業や個人が、利用者に直接アプリを届けられる世界になりました。

門が、要らなくなったのです。

門番の強さは、門が存在することが大前提です。

前提が消えれば、その強さも一瞬で消える。

しかも、ドコモが下手を打ったわけではありません。

むしろ、完璧にやり切ったからこそ、その時代の形に最適化されすぎてしまったのです。

もうひとつ痛かったのは、この巨大なネットワークを、日本の外へ持ち出せなかったことです。

国内で完結する規格として磨き上げた結果、4000万人という数字は、国境を越えた瞬間に過去の栄光になりました。

閉じているからこそ強く、閉じているからこそ動けない。

この矛盾は、なかなか他人事ではありません。

🚢 600年栄えた都市の、同じ結末

実は、これとよく似たことが約500年前にも起きています。

ヴェネツィア。

農地をほとんど持たない、潟の上に築かれた都市国家です。

作物が育たないという厳しい条件の中で、彼らは「海の道を握る」という一点に賭けました。

東方から運ばれてくる香辛料、絹、宝石。

それらはアレクサンドリアなどを経由してヴェネツィアに集まり、そこからヨーロッパ各地へと運ばれていきました。

自分たちですべてを生産するのではなく、物と人が流れる関所を押さえることで富を築いたのです。

およそ600年にわたる繁栄でした。

そこに、ポルトガルが現れます。

1498年、ヴァスコ・ダ・ガマがアフリカ南端の喜望峰を回り、インドへ到達しました。

地中海を一切通らない、新しい交易ルートが開かれたのです。

ヴェネツィアは、何も間違えていません。

船も優秀。
商人も優秀。
外交も巧み。

ただ、道のほうが変わった。

関所というものは、そこを人が通ってくれるあいだだけ価値があります。

迂回路ができた瞬間、関所はただの立派な建物になる。

しかもヴェネツィアには、その立派な建物を維持するための莫大な固定費がありました。

艦隊、造船所、外交網。

かつて繁栄を支えた資産が、そのまま重荷へと変わっていきます。

強みが弱みに反転するのに、新しい発明はひとつも必要ありませんでした。

必要だったのは、人の通り道が少し変わることだけです。

iモードの公式メニューと、ヴェネツィアの港。

長い時代の隔たりがありながら、その失われ方は驚くほどよく似ていました。

🔒 なぜ、強い者ほど動けないのか

ここで、少し不思議に思いませんか。

道が変わりそうだと気づいたら、さっさと乗り換えればいい。

優秀な人が揃っていたはずなのに、なぜそれができないのか。

💡ちょこっと理論紹介💡
⌨️ 経路依存性(ポール・デヴィッド)
 

経済学者ポール・デヴィッドが1985年、キーボードの配列を例に示した考え方です。

現在広く使われているQWERTY配列は、初期のタイプライターが抱えていた機構上の制約に対応する過程で普及したとされます。
その後、別の配列が提案されても、世界中の人がすでにQWERTYを覚え、教育や設備もそれを前提につくられていました。

過去の選択が現在を縛り、たとえ別の選択肢があっても簡単には移れなくなる。これが経路依存性です。

厄介なのは、成功しているときほど、過去の選択への投資が大きくなり、身動きが取りにくくなることです。

強い者ほど、いまの形に合わせて、あらゆるものを作り込んでいます。

設備も、人材も、評価制度も、取引先との関係性も。

だから「変えたほうがいい」と頭では分かっていても、変えれば全部が壊れてしまう。

弱い者は、失うものが少ないから跳べる。
強い者は、失うものが多すぎて跳べない。

これは会社の話であると同時に、私たち個人の話でもあります。

課長になり、社内での立ち回りを覚え、その会社独自の作法に最適化されていく。

それは間違いなく、ひとつの成長です。

しかし同時に、自分の足を少しずつコンクリートで固めている作業でもあるのです。

🧭 では、どこに立てばいいのか

暗い話が続きましたが、ここから得られる示唆は、ちゃんとあります。

三つだけです。

🏠 自分は、誰の土台の上に乗っているか

iモードの公式メニューに依存していたコンテンツ会社は、門が消えると、一緒に居場所を失いました。

会社の看板。
部署の予算。
たった一社の大口取引先。

心当たりのある方は、一度立ち止まって考える価値があります。

🎒 持ち出せる資産を貯めているか

逆に言えば、土台が変わっても持っていけるものがあれば、必要以上に恐れることはありません。

技能、実績、そして人からの信頼です。

iモード時代のコンテンツ会社でも、特定の仕組みに依存するのではなく、企画力そのものを磨いていた会社は、スマートフォンの世界へ移って生き延びました。

👀 道の変わり目に、鼻が利くか

喜望峰を回る新しい航路の情報は、ヴェネツィアにも届いていたといわれます。

情報がなかったのではありません。

信じたくなかった。

私たちも似たようなことを、たぶん毎日、どこかでやっています。

三つ並べてみて気づくのは、どれも「もっと頑張る」という話ではないことです。

船を速くする努力ではなく、海図を見直す視線

日々の業務改善とは、まったく別の筋肉が必要になります。

そして残念ながら、この筋肉は、忙しいときほど衰えていきます。

🌱 おわりに

うちのLINEグループの話に戻ります。

あの「抜けられなさ」は、裏返せば、そこに人が集まっているという価値でもあります。

ネットワーク外部性は、呪いであると同時に、まぎれもなく恵みです。

大事なのは、いま自分が乗っている船が、どの海図の上を走っているのかを、ときどき確かめること。

船の性能を上げることばかり考えていると、海路そのものが変わったことに気づけません。

偉そうに書いていますが、私自身、いまだに答えは出ていません。

ただ、年に何度か、

「この仕事の前提が消えたら、自分は何をするか」

を紙に書いて考える時間を取るようにしています。

だいたい、怖くなって終わるのですが。

それでも、怖いと思えているうちは、まだ大丈夫な気もしています。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

あなたがいま、いちばん頼りにしている「前提」は何ですか。

そして、それが消えたとき、手元には何が残りますか。

よかったら、スキやコメントで教えてください。


🎦音声/動画解説/スライド資料はこちら(NotebookLM)


🔗 こちらの過去記事もぜひ。

今回の記事では「強固なネットワークが崩れる瞬間」を取り上げました。こちらの記事では反対に、ネットワークが臨界点を超え、流れが動き始める瞬間について書いています。

「たった17%」で世界は変わる。孤独なリーダーに知ってほしい魔法の数字 ーー組織変革の壁を突破する「ティッピング・ポイント」の話



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🏢 株式会社スプリングボード

学びを「面白く」する研修設計で、企業の人材育成をお手伝いしています。


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