年利6%という撒き餌。 〜集めた後に、何を用意するか〜
こんにちは。
株式会社スプリングボード代表の足立晋平です。
先日、こんなニュースを目にしました。
イーロン・マスク氏が率いるX(旧Twitter)が、アメリカで「Xマネー」という金融サービスを本格的にスタートさせた、と。
有料会員であれば、ワンクリックでXのアカウントに預金口座がひもづく。そして、そこに置いたお金には年利6%の利息がつく。
https://newspicks.com/news/17228376/body/
6%です。
アメリカの主要銀行の預金金利は0.01%。条件のいいネット銀行でも4%台がやっと。そこに、いきなり6%です。
正直に白状すると、記事を読んだ瞬間、私の頭に浮かんだのは、
「日本でもやってくれないかな」
でした。
私はどうも、こういう「お得」に弱い。
以前も還元率につられてクレジットカードを一枚つくり、結局ほとんど使わないまま、年会費だけを払い続けた前科があります。
妻には静かに呆れられました。
ただ、少し冷静になって考えてみると、この6%はなかなか面白い問いを含んでいます。
この利息は、いったい誰が、何のために払っているのか。
そしてこれは、金融の話であると同時に、私たち管理職が毎日やっていることの話でもあります。
⚡ なぜ、赤字覚悟でバラまくのか
Xマネーの狙いは、はっきりしています。
Xを「あらゆることができるアプリ」に変えることです。
マスク氏は社員に対して、
望むなら、Xアプリの上で生活を送れるようにしたい
と語ったと報じられています。
決済も、買い物も、送金も、すべてXの中で完結させる構想です。
ただ、送金機能というものには、少し厄介な性質があります。
自分ひとりが使えても、まったく意味がない。
実際、記事に登場するニューヨーク在住の日本人ユーザーは、4.6万人いるフォロワーの中にXマネーの利用者が見当たらず、送金機能は使いどころがない、と語っていました。
ちなみにこの方、送る相手がいないので、ひとまずマスク氏に「3.9ドル」を送ったそうです。
3.9。サンキューです。
この話が、私はいちばん好きでした。
送金機能の最初の使い道が、決済ではなく挨拶だった。
お金というのは、まず関係をつくる道具として立ち上がるのだなあ、と、しみじみしました。
💡ちょこっと理論紹介💡
🕸 ネットワーク外部性
利用者が増えるほど、そのサービスの価値そのものが高まっていく現象です。
電話が世界に1台しかなければ価値はほぼゼロですが、100万台に増えれば、なくてはならないものになる。
厄介なのは、ある一定の人数である「クリティカルマス」を超えるまで、サービスの価値がほとんど上がらないことです。
つまり6%は、単なる利息ではありません。
「臨界点に届くまでの時間を、お金で買う行為」
なのです。
日本にも、これを豪快にやった例があります。
2018年12月に実施された、PayPayの「100億円あげちゃうキャンペーン」です。
支払額の20%を還元し、さらに抽選で全額が戻ってくる。
当時は「正気か」と言われましたが、用意された100億円は、わずか10日で上限に達しました。
しかし、あのキャンペーンがなければ、現在のQRコード決済の風景は違ったものになっていたかもしれません。
あのバラまきは、利息でも値引きでもなく、広告費だったのです。
ちなみに中東メディアが、少し意地の悪い計算をしていました。
Xマネーの上位プランは月額40ドル。仮に8000ドルを預けても、6%でつく利息は、年間の会費をちょうど相殺する程度にしかならない、と。
もらっている気がするけれど、実は払っている。
このあたりの感覚のズレも、なかなか味わい深いところです。
🚃 100年前の関西に、同じ発想の人がいた
この「先にバラまいて、あとから回収する」という発想。
実は100年以上前の関西に、とんでもない実践者がいました。
小林一三。阪急電鉄の創業者です。
彼が敷こうとした路線は、当時、田んぼと山しかない場所を通っていました。
周囲からは、
あんな何もないところに電車を通して、どうするのか
と冷笑されたそうです。
それに対する小林の答えが、痺れます。
乗客は電車が創造する。
客がいないなら、客をつくればいい。
沿線に住宅地を開発し、当時としては画期的だった月賦、つまりローンで販売する。
終点の宝塚には温泉と少女歌劇をつくり、始発の梅田にはターミナル百貨店を建てる。
彼が売っていたのは、単なる「輸送」ではありません。
沿線での「暮らし」そのものを売っていたのです。
Xがやろうとしているのは、要するにこれのデジタル版ではないでしょうか。
「Xアプリの上で生活を送れるようにしたい」というマスク氏の言葉は、小林一三の構想の言い換えともいえます。
100年前に関西の実業家が考えたことを、いまシリコンバレーが追いかけている。
そう思うと、なんだか少し痛快です。
🎣 ただし、餌で集めた魚は、餌が消えれば去る
ここまでは景気のいい話ですが、当然、危うさもあります。
まずXマネーの金利は、変動制であり、予告なく変更される場合があると明記されています。
つまり、6%は永続的な約束ではありません。
そして、もっと本質的な問題があります。
高い金利を掲げると、集まってくるのは「金利にいちばん敏感な人」です。
当たり前ですが、その人たちは金利が下がった瞬間、静かにいなくなります。
💡ちょこっと理論紹介💡
🎣 逆選択(アドバース・セレクション)
経済学者ジョージ・アカロフが中古車市場を例に示した考え方です。
売り手と買い手のあいだに情報の差があるとき、提示した条件そのものが、集まってくる相手の顔ぶれを決めてしまう。
「よすぎる条件」は、その条件だけを目当てにする相手を、選択的に呼び寄せることがあるのです。
似た構図は、記事の中にも登場します。
アップルが2019年に始めた「アップルカード」です。
カードを発行していたゴールドマン・サックスは収益に苦しみ、今年1月、この事業をJPモルガンに引き継ぐことで合意しました。
つまずきの原因のひとつが、なかなか渋いのです。
アップルが請求日を「月初」に限定したこと。
顧客にとっては、分かりやすく親切な設計です。
しかし、運用する側からすると、全ユーザーの請求処理が月初の数日間に集中します。
現場は毎月、地獄のような山を越えなければならない。
表側の美しさが、裏側の負荷を静かに増やしてしまった。
使う人にとっての「便利」が、支える人にとっても持続可能とは限らないのです。
🧑🏫 これは、私たちの職場の話でもある
さて、ここまで金融の話をしてきましたが、正直、書きながらずっと胸のあたりがチクチクしていました。
なぜなら、「6%」を撒いているのは、私たちも同じではないかと思ったからです。
🎯 新しいプロジェクトに人を集めたい。だから「これをやれば評価に響くよ」と伝える。
🍺 チームの雰囲気をよくしたい。だから飲み会を企画する。
👏 若手に頑張ってほしい。だから、いつもより少し大げさに褒める。
どれも悪いことではありません。
むしろ入口としては必要なことです。
クリティカルマスに届く前の段階では、多少の撒き餌がなければ、そもそも何も始まらない。
問題は、その先に何を用意しているかです。
小林一三が本当に偉かったのは、電車を通したことではありません。
電車を降りた先に、暮らしをつくったことです。
逆にいえば、降りた先に何もない路線は、どれだけ運賃を安くしても、いずれ人は乗らなくなります。
評価で釣った人は、評価の仕組みが変われば離れていく。
飲み会でつくった結束は、飲み会がなくなれば解けていく。
条件で集めた人は、条件でしかつながっていないのです。
研修の現場でも、これはよく話題になります。
「若手が定着しない」と悩む課長さんに、どのような手を打ったのかを伺うと、たいてい入口の工夫は非常に丁寧です。
歓迎会、メンター制度、面談の頻度。
けれども、
「配属から半年後、その人がどのような仕事の風景を見ているか」
まで設計されていることは、案外少ないのです。
降りた先の暮らしを描くのは、たしかに面倒な仕事です。
撒くほうが、圧倒的に早い。
キャンペーンを考えるほうが、日々の仕事を魅力的にするよりも簡単です。
褒めるほうが、本人の成長につながる仕事を任せるよりも早い。
しかし、人が本当に残るかどうかは、入口ではなく、その先で決まります。
🍵 売れっ子講師に、必殺技はない
弊社は、多くのパートナー講師と一緒に仕事をしています。
長くやっていると、不思議なことに気づきます。
指名が絶えない講師に、共通する「必殺のスキル」がないのです。
話が抜群にうまい人もいれば、朴訥な人もいる。
理論に強い人もいれば、現場の話だけで押し切る人もいる。
見事なまでに、バラバラです。
ただ、ひとつだけ、全員に共通していることがあります。
人として、いい。
約束を守る。
準備を手抜きしない。
うまくいかなかった研修のあと、言い訳よりも先に「次はこうします」と言う。
地味です。
派手さは、まったくありません。
年利6%のような、目を引く一撃ではないのです。
しかし、だからこそ、お客様は翌年もまた戻ってきてくださいます。
入口をつくるのは「条件」ですが、人が残るのは「その先」なのだと思います。
🧭 6%は、利息ではない
まとめます。
Xマネーの6%は、帳簿の上では「支払利息」かもしれません。
しかし実質的には、広告費です。
利用者が臨界点に達するまで一気に駆け上がるために、時間を買う投資です。
だから問われているのは、6%という数字の高さではありません。
その6%で集めた人に、いったい何を差し出すつもりなのか。
Xが、その先に何を用意しているのかは、正直まだ見えません。
数年後に「あれは転換点だった」と言われるのか。
それとも、「派手だったね」で終わるのか。
ただ、これはXだけの問題ではないと思うのです。
私たちが日々、チームに撒いている小さな「6%」。
その先に、きちんと降りる場所を用意できているでしょうか。
評価という6%。
賞賛という6%。
楽しさという6%。
それらは、人を動かすきっかけにはなります。
しかし、きっかけだけで人は残りません。
集めることと、残りたい場所をつくることは、まったく別の仕事なのです。
今日はそこを、少しだけ考えてみたくなりました。
みなさんはいかがでしょうか。
あなたのチームの「6%」と、その先に用意しているもの。
よかったら、コメントで教えてください。
🎦音声/動画解説/スライド資料はこちら(NotebookLM)
📚 あわせて読みたい
今回の「クリティカルマス」の話と地続きの記事です。
組織を変えるとき、実は何人を動かせばいいのか。
孤独なリーダーが変化を生み出すために知っておきたい「魔法の数字」について書いています。
▼「たった17%」で世界は変わる。孤独なリーダーに知ってほしい魔法の数字
📖 書籍のご案内
リーダーになったばかりの方、これからチームを預かる方に向けて、現場ですぐに使える考え方をまとめました。
『リーダー1年目から結果を出す人がやっていること』
🎧 Udemyのご案内
すきま時間で学べるオンライン講座も公開しています。
🏢 株式会社スプリングボード
企業研修・人材育成のご相談はこちらから。

