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見栄と残響:中古レクサスLS460と生きた、ある若者の末路

プロローグ:スピンドルグリルが映す夢

港区のきらびやかな夜景を背に、一台のレクサスLSが静かに佇んでいる。そのフロントマスクは、現行モデルさながらのアグレッシブな「スピンドルグリル」によって、道行く人々の視線を集めていた。この車のオーナー、ユウヤ(24歳・仮名)は、満足げにその姿をスマートフォンのカメラに収めていた。

彼がこの車、12年落ち走行15万キロのレクサスLS460を中古車販売サイトで見つけたのは半年前。支払総額150万円という、新車の軽自動車と変わらぬ価格が決め手だった。彼には譲れないこだわりがあった。それは、レクサスの象徴ともいえる「スピンドルグリル」であること。前期モデルの落ち着いたフロントグリルは、彼の目には「古臭い」としか映らなかった。

「ぱっと見じゃ、年式なんて分からない。このグリルが『今のレクサス』の証なんで」。

ユウヤはそう語る。彼が手に入れたのは、社外品のバンパーに交換され、後期仕様に"リファイン"されたカスタムカー。SNSで「#レクサスオーナーと繋がりたい」と発信する彼にとって、この「現代的な顔つき」は何よりも重要だった。投稿される写真には、決まって「LS460」のエンブレムがさりげなく、しかし確信犯的に写り込む。排気量が大きいこと、そして「LS」というフラッグシップモデルに乗っていることが、彼のプライドを静かに満たしていた。

【SNS投稿 #01

夜の帳が下りる頃、静寂を切り裂くV8サウンド。こいつと見る都会の景色は、いつもと少しだけ違う色をしている。本物だけが持つ、この空気感。わかる奴にだけ、わかればいい。 #lexus #ls460 #v8 #tokyonight

【現実という名の注釈】
ユウヤの自宅アパートの駐車場は、アスファルトがひび割れた月極駐車場である。投稿の背景に使われるきらびやかな場所は、彼が「映える」ためだけに車を走らせる撮影スポットだ。そして、彼が「サウンド」と称賛するマフラーは、安価な社外品に交換されており、一部からは「品のない音」と評されている。

彼の投稿に「いいね!」がつくたび、ユウヤは満たされていく。しかし、その画面の外には、決してSNSには映らない現実が広がっていた。運転席のレザーシートは、長年の使用で表面がひび割れ、無数のシワが刻まれている。巧妙なアングルで撮影される車内の写真に、その劣化が写り込むことは決してない。

「まあ、この辺はご愛嬌ですよ。見えないところなんで」。

ダッシュボードには、原因不明の警告灯がうっすらと点灯している。ネットで購入した安価な診断機でエラーコードを消去しても、数日後には亡霊のように再び灯る。そのたびにユウヤは、見て見ぬふりをした。

第1章:偽りのラウンジ

「今度、レクサス連れてってやるよ。オーナーしか入れないラウンジとかあって、マジ世界が違うから」。

ユウヤは地元の友人、ケイスケ(24歳・仮名)にそう嘯いた。ケイスケは、ユウヤが中古のLSを手に入れてからというもの、その羽振りの良さそうなSNS投稿を半信半疑で眺めていた。

週末、ユウヤはケイスケを助手席に乗せ、正規ディーラーへとLSを滑らせた。ガラス張りのモダンなショールームの前に車を停めると、ユウヤは得意げな表情でエンジンを切る。エントランスから出てきた女性スタッフは、にこやかに二人を迎えた。

「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか?」

「ああ、ちょっと新しいモデルを見ようかなって。そろそろ乗り換えも考えてるからさ」。

ユウヤは、まるで長年の顧客であるかのような口ぶりでそう答えた。受付の女性は、彼の車の年式と、社外品のグリルを一瞥して何かを察したようだったが、表情を変えることなく「どうぞ、ごゆっくりご覧くださいませ」とショールームへ案内した。

最新のLSが鎮座するフロアで、ユウヤはケイスケに「俺のやつも、これと同じエンジンなんだぜ」などと、聞きかじった知識を披露する。しばらくすると、営業担当の男性スタッフ、佐藤(30代・仮名)がやってきた。ユウヤはここぞとばかりに買い替えをほのめかす。

「今のLSも気に入ってるんだけど、次はLC(レクサスのクーペモデル)とかもいいかなって。ラウンジ、使わせてもらってもいい?」

佐藤は一瞬、表情を曇らせたが、すぐに営業スマイルを浮かべた。
「大変申し訳ございません。オーナーズラウンジのご利用は、当店、もしくは他の正規ディーラーで車両をご購入いただいたお客様へのサービスとなっておりまして…」

正規ディーラーで新車か認定中古車を購入したオーナーにのみ発行される「レクサスオーナーズカード」がなければ、ラウンジは利用できない。ユウヤの車が所謂「野良レクサス」であることを、佐藤は丁寧な言葉で、しかし明確に示したのだ。

気まずい沈黙が流れる。ユウヤは「あ、そうなんだ。じゃあ、ここでいいや」と、商談用のテーブルを指さした。結局、当たり障りのない会話と、新型車のカタログ、そして一杯のコーヒーでもてなされた後、二人はディーラーを後にした。

【記者の取材メモ:ディーラー担当者の本音】
後日、記者は佐藤氏に話を聞くことができた。彼は匿名を条件に、当時の心境を語ってくれた。

「あのお客様のLSは、グリルが社外品でしたし、車全体の雰囲気ですぐに正規のオーナー様でないことは分かりました。ですが、だからといって無下にお断りはしません。レクサスのブランドイメージもありますし、もしかしたら将来、本当にご購入いただけるお客様になる可能性もゼロではありませんから。ただ、ラウンジのような特別なサービスには、やはり一線を引かせていただいております。あれは、私たちが提供する価値の核心部分ですので」。

受付を担当した女性も、こう付け加えた。
「正直、また来たな、という感じはありました。お連れ様もいらっしゃいましたし、どう対応したものかと少し困惑したのは事実です。私たちは、すべてのお客様を歓迎する姿勢ですが、ご購入の意思が感じられないお客様に、多くの時間を割くことは難しいのが現状です」。

その日の夜、ユウヤのSNSは更新されていた。投稿されたのは、ディーラーの商談テーブルで、ロゴ入りのコーヒーカップを片手にくつろぐ自身の写真。背景には、最新のLSがぼんやりと写り込んでいる。

【SNS投稿 #02

担当さんから「新しいモデル、見に来ませんか?」って連絡があったから、ふらっとマイディーラーへ。このおもてなしが、レクサスを選ぶ理由。心地よい空間で、次の愛車に想いを馳せる時間。 #lexus #レクサスオーナー #おもてなし #オーナーズラウンジじゃないけどね

ハッシュタグの最後に付け加えられた小さな言い訳に、彼のわずかなプライドが滲んでいた。

第2章:剥がれ落ちるメッキ

一度目のディーラー訪問で気を良くしたユウヤは、もはや自分が「特別な客」であると完全に勘違いしてしまっていた。数週間後、彼は別の友人、マサキ(24歳・仮名)を誘い、再び同じディーラーを訪れた。

「いらっしゃいませ…あ、先日も…」。
受付の女性は、明らかに困惑した表情を浮かべた。ユウヤはそれに気づかず、「どうも。今日は友人にレクサスの良さを教えに来たんだ」と胸を張る。

展示車をひとしきり眺めた後、ユウヤは当然のように商談テーブルへ向かい、マサキに「これがレクサスの世界観だよ」と語り始めた。その時、前回と同じ営業担当の佐藤が、少し硬い表情で近づいてきた。

「お客様、大変恐縮ですが…」。

佐藤は言葉を選びながら、しかしはっきりと告げた。
「当店では、具体的なご購入の計画をお持ちのお客様に、お時間を頂戴しております。もし、展示車をご覧になるだけであれば、ご自由にご覧いただいて構いませんが、お席でのご対応は、他のお客様をお待たせしてしまうことにもなりますので…」。

それは、遠回しな「お断り」だった。正規ディーラーのリソースを消費する、購入見込みのない非正規オーナー。それが、ディーラー側がユウヤに下した評価だった。

ユウヤの顔から血の気が引いた。隣にいるマサキの視線が痛い。「あ、いや、今日はちょっと見るだけで…」としどろもどろになりながら席を立つ。

逃げるようにディーラーを出る二人。前回のようなスタッフによる見送りは、もちろんない。自動ドアが閉まる無機質な音だけが、やけに大きく響いた。

LSの車内に、重い沈黙が流れる。ひび割れたレザーシートがきしむ音が、ユウヤの心の軋みを代弁しているかのようだった。マサキは何も言わず、ただ窓の外を眺めている。ユウヤが作り上げた虚像が、音を立てて崩れ落ちる瞬間だった。

しかし、その夜。ユウヤのSNSは、何事もなかったかのように、いや、むしろこれまで以上にポエティックに更新されていた。

【SNS投稿 #03

再び、創造の生まれる場所へ。本質を知る者だけが集う空間。営業さんとの会話は、いつも新たなインスピレーションを与えてくれる。「お客様のような方にこそ、次のレクサスを」という言葉が、胸に響く。魂が、共鳴する。#lexus #真の価値 #選ばれし者 #物語は続く

エピローグ:残響の果てに

ユウヤのLS460は、今も月極駐車場に停まっている。警告灯は、もはや彼の日常の一部だ。先日、LS特有の持病であるエアサスの故障が発生し、修理工場から提示された見積もりは40万円だった。[4][5] もちろん、彼にそんな大金を支払う余裕はない。車高が不自然に傾いたLSは、まるでユウヤ自身の心の傾きを象徴しているかのようだった。

友人たちが彼のSNS投稿に冷ややかな視線を送っていることに、ユウヤはまだ気づいていない。あるいは、気づかないふりをしているのかもしれない。彼は今日も、港区の夜景を背景に、傾いた愛車の写真を撮り続ける。ひび割れたシートが見えないように、警告灯が光らないように。そして、現実から目を背けるように。

スピンドルグリルが映し出すのは、もはやきらびやかな夢ではない。見栄と虚構で塗り固められた、一人の若者の歪んだ自画像だけが、そこに揺らめいていた。


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