STORY39 その時、その時で考え抜いた選択。誰かに軽く言われるほど、簡単な決断ではなかった
●プロフィール
Cさん:1987年生まれ
2024年1月:第一子人工死産
2025年:第二子出産
#人工死産 #頸部浮腫 #NT #妊婦健診 #不妊治療 #人工授精
●命と向き合った時間
妊娠12週の健診で、赤ちゃんの頸部浮腫(NT)が厚いと指摘されました。
その後、羊水検査を受け、結果は21トリソミーであることが分かりました。
その診断を聞いてから、決断までの時間はわずか4日。
これから先の子どもの人生や、家族のことを何度も考え、悩みに悩んで決断しました。

●あの日の分娩室
年末年始などの休みもあり、妊娠20週で出産することが決まりました。陣痛促進剤を朝9時から使用し、その日の15時に赤ちゃんが生まれました。
生まれたとき、赤ちゃんはまだ生きていて、小さな手足をパタパタと動かしていました。
その時間が、どれほど愛おしく、かけがえのないものだったか、今でも忘れられません。
隣の分娩室からは、元気な産声と「おめでとうございます」という声が聞こえてきて、現実との違いに胸が締めつけられるような思いもありました。
分娩後、病院の方が手形と足形をとってくださり、温かいメッセージを書いてくれました。
その言葉は、今でも私の支えになっています。
●お別れまでの時間
入院前に赤ちゃんを入れる棺に入れてあげるものを買いに行きました。
小さなものをひとつひとつ選びながら、赤ちゃんのことを想う時間でした。
退院後は、3人で川の字になって眠りました。
短い時間でしたが、家族として一緒に過ごせた、かけがえのないひとときでした。

●「せっかく不妊治療で授かったのに」という言葉も
しかし、このような言葉もかけられてしまったこともありました。
不妊治療、人工授精で授かった赤ちゃんでした。
だからこそ、この決断はとても苦しく、簡単に出せる答えではありませんでした。
毎日悩んで、何度も夫と話し合って、その時の私たちなりに、精一杯考えて出した決断でした。
それでも職場で、
「不妊治療までして授かったのに、おろすなんて」
と言われたことがありました。
友人からも、同じような言葉をかけられました。
その言葉を聞いたとき、
「やっぱりこの決断は間違っていたのかな」
と、自分を責める気持ちが湧いてきて、とてもショックでした。
でも、本当は、その時、その時で真剣に悩み、考え抜いた選択でした。
誰かに軽く言われるほど、簡単な決断ではありませんでした。
もし同じような経験をしている方がいたら、伝えたいです。
あなたの決断には、きっと理由があります。
それは、その時のあなたにとっての、精一杯の選択だったのだと思います。

●奇跡の連続
あの子は、妊娠や出産が奇跡の連続であることを教えてくれました。
私たちは、たくさんの奇跡の上に生きているのだと、あらためて気づかせてくれた存在でした。
もしあのとき妊娠を継続していたら、翌年に生まれた弟は、この世にいなかったかもしれません。
そう思うと、あの子は弟のために、「ここに生まれても大丈夫かな」と、下見に来てくれたのかもしれない…
そんなふうに感じることがあります。
●小さな日課が今の私を支えてくれている
毎朝、遺骨に手を合わせて「おはよう。今日も見守っていてね」と声をかけています。
その時間が、今もあの子とつながっているように感じられる、大切なひとときです。
また、同じ経験をした方の体験談をたくさん読みました。
「私だけじゃない」と思えたことが、少しずつ前に進むきっかけになりました。
⚠️いのちのSTORYは、当事者の実体験を記しています。そのため、なるべく当事者の言葉をそのまま使用することを重視しています。
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