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今日の一分名言 第10回 (20260710)梅雨時こそ思い出した朱子の言葉

最近は梅雨シ一ズンですね。

僕が住む北海道は、一般的には梅雨がないとされますが、昨日から先の天気予報が軒並み雨。これは俗にいう「えぞ梅雨か?」と噂されています。

実際、今日雨が止んだ隙に大学内を散歩していると、空気が湿っていて、「これは北海道もいよいよ梅雨か」と思いました。

けれど、僕はこの感じ特段嫌いではありません。逆に、乾燥しすぎてるときのほうが喉が痛くなったりして困ります。

さて、そんな梅雨を感じる湿った空気の中である言葉を思い出しました。

それが、僕の記事ではおなじみ、南宋の朱熹(朱子)の言葉を記した『朱子語類』

その中でも学問の心得について語った部分。僕自身、日々学問に励むものとして大変心にしみましたし、学問でなくても、何かひたむきに打ち込んでいるものがある人にはぜひ耳を傾けてほしい言葉です。

原文→現代語訳の順で書きます。

原文は、およそ800年前の中国の話し言葉です、しかし、中国人留学生にきくと、現代の中国人が読んでもなんとなく意味はわかるとのことなので、中国語に自信のある方は原文でチャレンジしてみてください!

※この現代日本語の部分の作成にはその留学生の力を借りました、この場で感謝申し上げます。

まず前半部分、

人之為學,如今雨下相似:雨既下後,到處濕潤,其氣易得蒸鬱。才略晴,被日頭略照,又蒸得雨來。前日亢旱時,只緣久無雨下,四面乾枯;縱有些少,都滋潤不得,故更不能蒸鬱得成。

人が学問をするのは、雨が降るようなものである。一度雨が降れば大地は潤い、湿気がこもって蒸気が立ちのぼりやすくなる。そして少し晴れて日が照ると、その気が蒸発して、雨が再び降るようになる。しかし、長く雨が降らなければ大地は干上がり、たとえ雨がわずかに降ってもすぐに乾いてしまうため、再び雨を成すこともできない。

そして後半、

人之於義理,若見得後,又有涵養底工夫,日日在這裏面,便意思自好,理義也容易得見,正如雨蒸鬱得成後底意思。若是都不去用力者,日間只恁悠悠,都不曾有涵養工夫。設或理會得些小道理,也滋潤他不得,少間私欲起來,又間斷去,正如亢旱不能得雨相似也。

人が義理(物事の道理、人としての正しい心がけや行い)を学ぶのもこれと同じである。一度道理を悟ったとしても、そのうえでたえず心を磨き、その道理を思い続けてこそ、心のあり方が自然と整い、学問も身につく。もし怠けて努力しなければ、せっかく得た知識も心を潤すことができず、やがて私欲によって途切れてしまう。まさに久しく雨のない大地が、再び雨を呼ぶことができないのと同じである。

以上、『朱子語類』巻9、「論知行」からの引用です。

いやあ、この部分ですが、最初に読んだ時にとてもうまい比喩だな、と思って大変印象に残りました。

だからこそ、留学生に頼んで正しい日本語訳を教えてもらったりしました。

まずこの比喩で面白いのが、朱子の生まれ故郷である中国・福建省も日本同様雨が多い地方であるということ。
今でも福建はとても森林豊かな場所ですよね。

だからこそ、朱子も生まれてこの方、我々と同じように「蒸し暑い」という感覚を嫌というほど経験してたはずでしょう(笑)

もし朱子が中国の北方とか西方とか、雨が少ない地方の人だったら、こういう比喩は生まれなかったかもしれませんね。

朱子も私たちも、時代は違えど雨が多い地域の人間、という意味では同じです。
この文章を読んでいると、雨上がりの、晴れてるのにまだ湿気が大地に満ちてる「あの感じ」がよくイメージできませんか。

そこで面白いのは、朱子は12世紀の人なのに、地上の雨水が再び天にのぼり、そしてまた雨となって地上に戻ってくる、というように、「水の循環」を理解していたかのような発言をしていることです。

そして、我々人間の学問もその雨水の循環のようであるべきだ、と言っているんですね。

つまり、雨の目的は何か。それは「大地を潤し、豊かにすること」

では、学問の目的は何か。それは、「道理を理解して心を潤し、豊かな人間性を育むこと」、朱子の文章から、このように僕は考えたいです。

この「心を潤す」という部分が、雨という比喩のおかげで大変イメージしやすいですよね。

雨が上がって晴れても、また定期的に雨が降れば大地が干からびることはない。けれど、何ヶ月も雨が降らなければ大地は潤いをなくし、干からびてしまう。そうなれば、たとえ少しの雨が降ったところでは元に戻らない。

学問も同じで、1回なにかを学び、自分の人間性を向上させようとしても、1回やったきりでその後何もしなければ、学んだことも忘れ、一向に自己が向上しないどころか心が干からびてだめになってしまう。


だから、定期的に雨が大地を潤すように、何度も何度も学び、自分の知識や人間性を向上させていかなくてはいけませんよ、という戒めなのです。


けれど、ただ「学問しなさい」と言われるより、こういう、身の回りの自然現象を踏まえた比喩があることで、心に朱子のメッセージがすんなりと入ってきやすい気がしませんか。

朱子は大変比喩がうまいな、とほかの部分の文章をみていても思います。

また朱子の名言を紹介したいです。

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