積立投資と暴落
昼休みの研究室は、思っているより静かだ。
外の光は柔らかく差し込んでいて、コーヒーの湯気がゆっくりと揺れている。
そんな穏やかな空気とは裏腹に、
小春ひよりの手元だけが、少しだけ落ち着きを失っていた。
スマホの画面に映っているのは、見慣れたはずのチャート。
けれど今日は、いつもと違う。
下がっている。
しかも、しっかりと。
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「……あれ?」
思わず声が漏れる。
ほんの数日前まで、順調に伸びていたはずの資産が、きれいに削られている。
昨日は見なかった。
いや、正確には「見ないようにしていた」。
それなのに、今日に限って見てしまった。
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「こういう時に限って、だよね…」
苦笑いしながらも、視線は画面から離れない。
下がっている理由を探すように、ニュースを開いてみる。
世界情勢、金利、為替。
それっぽい言葉が並ぶけれど、どれもどこか遠い話に感じる。
ただ一つ、確かなのは。
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👉 自分のお金が減っている、という事実だけ。
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「やっぱり…止めた方がいいのかな」
頭の中に、静かに浮かぶ言葉。
積立投資は長期。
下がっても気にしない。
コツコツ続ける。
何度も見た言葉で、ちゃんと理解しているつもりだった。
でも、いざ自分の番になると、不思議なくらい揺れる。
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そのとき、机の向こうから小さな気配がした。
「……見てしまいましたか」
顔を上げると、シマエナガ先生がこちらを見ていた。
いつもの落ち着いた目で、すべて分かっているような表情をしている。
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「いや、その…ちょっとだけ確認しようと思って」
言い訳のように言葉を並べると、先生は少しだけ首をかしげた。
「“ちょっとだけ”が、一番長い時間になること、知っていますよね」
図星だった。
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「でも、減ってるのを見ると…さすがに気になりますよ」
そう言いながら、もう一度画面に目を落とす。
赤い数字は、やっぱり赤いままだ。
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「では、一つだけ質問です」
先生はゆっくりと言った。
「今、売りますか?」
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一瞬、言葉に詰まる。
売るつもりは、ない。
でも、このまま持ち続けるのも、少し怖い。
その曖昧な感情が、自分でもよく分かる。
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「…いや、売らないです」
小さく答えると、先生は静かにうなずいた。
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「それなら、今見ているこの数字は“結果”ではありません」
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「え?」
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「途中経過です」
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その言葉は、思ったよりもすっと入ってきた。
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「積立投資は、未来の価格で勝つゲームです。
今の価格は、その途中にある“通過点”でしかありません」
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ふと、画面を見直す。
さっきまで“減っている”としか見えなかった数字が、
少しだけ違って見える気がした。
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「それに」
先生は続ける。
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「今は、少し安くなっているだけです」
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「……安く?」
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「同じ金額で、前より多く買える状態です」
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その一言で、頭の中の景色が少し変わった。
下がっている=悪いこと
そう思い込んでいたけれど、
見方を変えれば、まったく逆になる。
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「だから、やることは一つです」
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先生は、机の上のノートを軽く指した。
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「いつも通り、続けること」
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その言葉は、とてもシンプルで、
でもなぜか、一番難しいことのように感じた。
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小春はゆっくりとスマホの画面を閉じた。
黒くなった画面に、自分の顔が少しだけ映る。
さっきまでの焦りは、完全には消えていない。
でも、不思議と少し落ち着いていた。
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「…見すぎない方がいいですね」
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「ええ。投資は“見ない力”も大事です」
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研究室の外では、風が少しだけ強くなっていた。
それでも、窓の中は変わらず穏やかだ。
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コーヒーを一口飲みながら、小春は思った。
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暴落は、怖い。
でも、それは失敗ではなくて、
“試されている時間”なのかもしれない。
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そして、そのテストはきっと、
正解を当てるものではなくて、
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👉 続けられるかどうか
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それだけなのだと、少しだけ理解できた気がした。
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まとめ
・暴落は結果ではなく途中経過
・下がるほど多く買える
・一番大事なのは“続けること”
