子どもに声をかける前、つい口を出していた僕がひと呼吸おく理由
#5
正直に言うとすぐ声をかける大人でした
「危ないよ」
「そっちじゃない」
「先に〇〇してから」
悪気はないし
むしろ
“ちゃんとしてあげてる”
つもり。
でも最近
公園で子どもを見ていて思う。
「あっ!、今のは言わなくてもよかったかも」
って。
つい、口を出してしまう瞬間
頭より先に口が動きそうになる。
たとえば公園で。
・遊び方がちょっと雑に見えたとき
・ルールがあいまいなまま進んでいるとき
・転びそう、ケンカになりそうなとき
これ、たぶん
「心配」と「正しさ」が混ざっている。
親としても
大人としても
すごく自然な反応だ。
でも最近は、ひと呼吸おいてみた
最近は、 そこで一回だけ止まるようにしている。
(これ、今ほんとに言う必要ある?)
(子どもたち、どうするつもりだろう?)
って、ひと呼吸。
たったそれだけ。
ひと呼吸おくと、見えてくるもの
黙って見ていると
もう、子どもたちは動いていた!
・子ども同士で目配せしていたり
・自然に役割が決まっていたり
・勝手にルールを修正していたり
・別のことをしているようで耳では聞いていたり
「もう動いてるやんっ」 って思う瞬間が多い(笑)
大人が入らなくても、
ちゃんと“回っている世界”がある。
声をかけなかった=何もしなかった、じゃない
何も言わないって
放ったらかしとは違う。
ちゃんと見ている。
ただ
ハンドルを握らないだけ。
ひと呼吸おく理由は、とてもシンプル
子どもが
「自分で決めた感覚」を
ちゃんと味わえるようにしたい。
うまくいっても
ちょっと失敗しても。
それが残るほうが
あとあと大切な気がして…
もちろん、言うときは言う
危ないときは止めるし
誰かが傷つくときは声を出す。
でもそれは
「反射」じゃなく
「選択」にしたい。
声かけって、実は順番かもしれない
いきなり言葉じゃなくて
その前に、空気がある。
言葉のうまさより、タイミング。
内容より、温度。
そしてその前に、ひと呼吸。
だから僕は
まず「見る」を選ぶようにしている。
幼稚園で感じた「見守る」の正体
大人側が覚悟して、見守っている
娘が通っている幼稚園も
基本は「自分でする」という方針だ。
入園してすぐ、こんなことがあった。
娘を迎えに行った時のこと。
迎えを待っている子どもたちが
園庭で楽しそうに遊んでいた。
その園庭のど真ん中には
見るからにリーダー(ベテラン)
の先生が全体を見渡している。
もちろん、ほかの先生方も
園庭の各所に立って見渡している。
(いつもありがとうございます🙇♂️)
そのリーダー先生の目の前で
走っていた子がこけた。
僕はとっさに「あっ!こけたーー💦」
と、心の中で叫んだ!!
しかし、そのリーダー先生は
こけた子を見ているだけで微動だにせず
起こそうともしない。
「えーーーーー(心の声)」
こけてから、時間にして数秒で
その子が自ら立ち上がった。
そのリーダー先生は、立ち上がった子に
しゃがんで目線を合わせ
その子の砂をやさしく取り払い
にこやかな表情で何かを言っていた。
そのあと、その子は笑顔で
また走って行った(笑)
その光景を見たときに
放っているわけじゃない。
ちゃんと、しっかり見ている。
先生たちは手は出さないけど
目は離さない。
困りそうな瞬間を分かっていて
でも、あえて一歩待っている。
いつ行っても先生方の挨拶が気持ちよくて
そのひと言だけで
「先生たち、ちゃんと見てくれているな」
って伝わってくる。
子どもに任せる前に
大人側が覚悟して見守っている。
だからこそ、「自分でする」が
優しさとして成立しているんだと思う。
何かあったらすぐ問題になるこのご時世…
園もさることながら
先生たちすごいなーと感じた出来事だった!
最後に
あなたは最近
「言いそうになって、言わなかったひと言」
ありますか?
もしかしたら
それが正解だったのかもしれません🌱
次回は
「それでも声をかけるときがある。
見守りだけじゃ足りない瞬間」
について書こうと思っています。
よかったら、 また一緒に考えてもらえるとうれしいです🌱
最後まで読んでくれて、 ありがとうございます!
迷いながら、この記録は続いていきます(笑)
はじめての方は、ぜひこちらもご覧ください👇
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