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切断の設計#1|なぜ組織は「終わった業務」を飼い殺してしまうのか

「特に議題はありませんが、定例ですので集まりました」

そんな言葉から始まるオンライン会議の、少し気まずい沈黙。
画面越しに漂う「早く終わらないかな」という空気だけを共有し、誰も核心には触れずに時間が過ぎていく。

あるいは、誰も読んでいないと分かっているのに、「念のため」CCに入れ続けるメールや、自動更新され続ける日報の山。
かつては熱を持って作られたはずのそれらが、今はただのルーチンとして、誰の感情も動かさずにそこに在る。

中身はもう死んでいるのに、動き続けている。
私はこれを、少し強い言葉ですが「ゾンビ業務」と呼んでいます。

現場の誰もが薄々気づいています。「これ、もう要らないんじゃないか?」と。
けれど、誰も「やめましょう」と言い出さない。言い出せない。
そうして今日も、私たちの貴重なリソースが、魂の抜けた業務の維持だけのために費やされていきます。

なぜ、私たちは「始めること」にはこれほど熱心なのに、「終わらせること」となると、こうも不器用なのでしょうか。


組織を支配する「慣性の法則」

物理学に「慣性の法則」があるように、組織にも「業務慣性の法則」が働いています。

「動き出した業務は、外的な力が加わらない限り、永遠に動き続けようとする」

一度カレンダーに登録された「週次定例」は、誰かが強い意志を持って削除ボタンを押さない限り、来週も、再来週も、自動的に再生産されます。
システムや組織という構造は、「繰り返すこと」が得意です。放っておけば、業務は雪だるま式に増え、地層のように積み重なっていきます。

私たちは、「新しいことを始めるための稟議」は何度も書きますが、「何かをやめるための稟議」を書く機会はほとんどありません。
「開始」には承認プロセスやキックオフがあるのに、「終了」には明確なプロセスがない。
つまり、多くの組織には、アクセルはあっても「止まるためのブレーキ」が標準装備されていないのです。

これでは、燃料(人の時間と気力)が尽きるまで、走り続けるしかありません。

「優しさ」がゾンビを生む

ここで誤解してはいけないのは、現場の人々が「怠慢」でゾンビを飼っているわけではない、ということです。
むしろ、真面目で、周囲への配慮があるからこそ、やめられないのです。

「前任者が苦労して作ったものを、勝手に消したら失礼かもしれない」
「万が一、どこかの部署が見ていたら困るかもしれない」

その日本的な「優しさ」や「配慮」が、皮肉にもブレーキを踏む足を躊躇させます。
誰かの顔を立てるために、あるいは「もしものリスク」を避けるために、組織全体の時間が静かに食いつぶされていく。

スキマのない組織は、呼吸ができません。
パンパンに詰まったスケジュールの中に、新しい風が入る余地はありません。
「忙しい、忙しい」と言いながら、実は私たちは、過去の遺産であるゾンビの世話に追われているだけなのかもしれません。

まずは、その事実に気づくこと。
そして、「やめられない」のは個人の性格の問題ではなく、組織の構造的な欠陥(ブレーキの欠如)であると認識することから、設計は始まります。

次回は、この「やめられない構造」に対して、私たちがどのような心構え(OS)を持てばよいのか、その哲学についてお話しします。

(業務設計者としての問い)
あなたのカレンダーの中に、もう魂が抜けているのに動き続けている「ゾンビ」はいませんか?

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