「現場判断でいいよ」が一番しんどい
自由にやっていい。
現場で決めていい。
細かいことは任せる。
一見、いい言葉です。
でも、この一言が出てきた瞬間、
空気が少し重くなるのを、
多くの人が知っています。
よくある場面
判断を委ねられる
裁量があるように見える
スピードは上がりそう
なのに、
どこまで決めていいか分からない
失敗したときのラインが見えない
暗黙の正解が後から出てくる
「そこまでは想定してなかった」と言われる
修正は静かに、しかし確実に入る
結果、
誰も大胆に動かなくなる。
現場判断は、設計されていないと毒になる
問題は、
任せていることではありません。
任せ方が、設計されていないこと。
何を決めていいのか
何は決めてはいけないのか
判断の基準はどこにあるのか
ここが曖昧なまま、
「現場判断で」と投げられる。
それは裁量ではなく、
リスクの委譲です。
自由に見えて、縛りが一番強い状態
不思議なことが起きます。
明文化されていないルール
誰も言語化していない期待
でも外すと指摘される
結果、
人は空気を読むしかなくなる。
一番疲れるやつです。
判断はしている。でも、決めていない
現場は、実はちゃんと考えています。
仮説も立てている
他部署も気にしている
全体も見ている
それでも進まないのは、
最終決定がどこにも存在しないから。
判断は分散しているのに、
決定は集約されていない。
これは「信頼」ではなく「構造」の話
よく誤解されます。
「信頼されていないのかな」
「自分の力不足かな」
違います。
これは感情の話じゃない。
しくみの話です。
現場判断が機能するには、
ちゃんと前提条件が要る。
任せるには、境界が必要
本当に任せるなら、
決定権の境界
修正が入る条件
責任の帰属
これを先に描く必要があります。
それがないと、
任せられた側だけが消耗する。
ここから先は、「任せ方の設計」
もし今、
「自由なはずなのに息苦しい」
と感じているなら。
それは、
裁量の設計が欠けているサインです。
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「現場判断でいいよ」は、
放置すると、
一番しんどい言葉になります。
ここは、
そうならないための話を書いています。
