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神社初心者だった自分が、最初に知っておきたかったこと10選①

第1章 神話を少し知るだけで、神社巡りは一気に面白くなる

昔の私は、「静かで落ち着く場所だな」というくらいの感覚で参拝していました。

それだけでも十分に心地よかったのですが、「この神社がなぜここにあるのか」「どんな神様を祀っているのか」までは、ほとんど考えていませんでした。

たとえば伊勢神宮

伊勢神宮内宮

映像や写真を見るたび、「どうして歴史ある神社なのに、わざわざ建て直すんだろう?」と不思議に思っていました。

持統天皇の時代(690年)に式年遷宮が本格的に始まったのですが、その目的は、常に新しい社殿で神様をお祀りし、技術と祈りを永く継ぐという、日本独自の信仰・文化を確立するためでした。

持統天皇
諱は鸕野讚良(うののさらら)

単に古い建物を残すのではなく、祈りの「かたち」そのものを次の世代へ受け継いでいく…
それが式年遷宮の本質だと言われています…。

さらに古代に遡ると、神社には今のような社殿は存在せず、山そのもの、磐座(いわくら)、御神木など、自然そのものを御神体として崇拝するアニミズム信仰が根底にあったことがわかりました。

建物がなくても「そこは神域」であり、険しい山へ登ること自体が祈りであり、畏れであったのです。

実際に三輪山へ登拝したときは、想像以上に体力を奪われました(笑)。「まだ続くの!?」と思いながら歩き、熊の心配もしつつ、それでも山全体が放つ厳かな空気に圧倒されました。

大神神社・三輪山
登拝後は汗でびしょびしょ…

出雲大社の八雲山春日大社の御蓋山のように、今でも一般人が立ち入りを禁じられている禁足地が残っているのも、その名残でしょう。

素鵞社
背後の山が八雲山で、素鵞社の背後にある岩肌は、とても神聖な場所です

昔の人が山を「畏れ崇める」気持ちが、少しだけ理解できた気がしました。

さらに、そもそも神社に社殿が作られるようになったのは、6世紀に仏教が伝来し、立派な寺院が建てられるようになった影響だとも言われています。

神さまは仏像のように“姿ある存在”として祀られていたわけではない。

だから本来、社殿そのものは必須ではなかった…。

そうした背景を知った時、「あぁ、神社って“建築物”そのものより、もっと根源的な祈りの文化なんだな」と感じたんです。

そんな中、りこさんと出会い、あちこちを一緒に旅行するようになりました。
感染症の流行で海外旅行が難しくなった時期に、国内の神社巡りを重ねる中で、私の本格的な神話への興味が芽生えました。

その大きなきっかけとなったのが高千穂です。

高千穂峡

テレビで見た高千穂峡の美しさに惹かれて調べていくと、そこが天孫降臨天岩戸神話の舞台だと知り、衝撃を受けました。

りこさんが持統天皇や古代史に詳しく、話を聞くうちに、神話が単なる昔話ではなく、「日本という国がどう生まれたか」という物語そのものにつながっているのだと実感したのです。

それから、神社巡りの景色は一変しました。

•  出雲大社 → 大国主命の国造り神話  
•  須我神社 → 素戔嗚尊と八岐大蛇伝説
•  鵜戸神宮 → 山幸彦神話
•  天岩戸神社 → 天照大御神の天岩戸神話

などなど…

背景を少し知るだけで、「ここは、あの神話の舞台なんだ」と胸が熱くなるようになりました。

神社が「ただ歴史ある建物」ではなく、自然信仰と神話と、人々の祈りが積み重なった場所として見えるようになったのです。

最初は神話の名前など全然覚えられませんでした。

「天津彦彦火瓊瓊杵尊」「彦波瀲武鸕鶿草葺不合尊」なんて、予備知識なしでは読ません…。

でも大丈夫です。完璧に覚える必要なんてありません。

神話は「勉強」ではなく、「その土地の空気や景色と一緒に、少しずつ心に入ってくる感覚」なのです。

「この神社にはこんな神話がある」という入口を一つ知るだけで、神社巡りは驚くほど豊かで、深みのあるものになります。

そう考えるようになってから、私たちの旅は、『神話の足跡を辿る旅』へと変わっていきました。

自然そのものを崇拝する信仰が、現代まで形を変えながら息づいている国は、世界的に見ても本当に稀です。

神話を紐解いていくたび、日本人のルーツや感性、祈りの原点が見えてくるような気がします。

今では、あちこちの神社を参拝しながら、りこさんと一緒に想像を膨らませて語り合う時間が、私にとって何よりの幸せです。

それが、私が神社巡りにどんどん惹かれていく、一番の理由なのです。

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