組織文化は、社外にも漏れ出す
― がん創薬支援案件から見えた、製薬研究組織の空洞化 ―
製薬企業の求人票や業務委託案件を見ていると、ときどき、その会社の「組織文化」そのものが透けて見えることがあります。
今回見かけたのは、がん創薬領域の外部支援案件でした。
内容自体は珍しくありません。
* がん創薬
* 若手中心組織
* シニア不足
* 評価系支援
* 第三者視点
* 教育目的
* メカニズム理解支援
製薬業界では、ここ数年よく見る構図です。
しかし今回の案件で印象的だったのは、「研究支援」よりも、「知見補強」と「教育」が前面に出ていたことでした。
つまり、組織の中に、本来あるべき“経験知”が不足している。
それを外部人材で埋めようとしている。
ここに、日本の製薬研究組織が抱える問題がかなり凝縮されているように見えました。
創薬は「知識」ではなく「失敗経験」の産業である
特にがん創薬では、
* 評価系をどう設計するか
* どのモデルを使うか
* 何をPK/PDで見るか
* どこまでが作用機序で、どこからがアーティファクトか
* in vitro結果をどこまでin vivoへ接続できるか
* バイオマーカーをどう位置づけるか
* 既存治療との差別化をどう設計するか
* どの患者集団を想定するか
といった判断が必要になります。
これらは、単なる知識ではなく、「経験」でしか埋まらない部分があります。
論文を読めば分かる世界ではありません。
実験系は、論文化される前に大量の失敗を抱えています。
そして本来、その失敗知は、組織のシニア層が若手へ継承していくものです。
ところが最近、多くの製薬企業で、その中間層・シニア層が極端に薄くなっています。
理由はいろいろあります。
* リストラ
* 早期退職
* 開発中止
* 部門再編
* 外資化
* 短期成果主義
* パイプライン縮小
* 「管理職化」だけ進んだ研究組織
結果として起きるのは、
「若手はいる。でも教える人がいない」
という状態です。
“教育”を外注し始めた研究組織
すると組織はどうなるか。
“教育”を外注し始めます。
今回の案件でも、表面的には「研究支援」と書かれていますが、実際には、
* 評価系レビュー
* 判断軸の提供
* 研究ディスカッション
* メカニズム理解
* 若手育成
* 第三者視点
が期待されています。
つまり、
「社内で育たなくなった知識体系を、外から補充したい」
という話です。
もちろん、外部専門家を使うこと自体は悪いことではありません。
創薬は閉じた世界ほど危険です。
外部視点は必要です。
しかし問題は、「なぜ外部視点が必要になったのか」を、組織自身が理解しているかどうかです。
本来、第三者レビューは“補助”であるべきです。
ところが最近は、
* 意思決定
* 評価設計
* 仮説形成
* データ解釈
* 教育
まで、外部に依存し始めているケースがあります。
これは単なる人手不足ではありません。
組織学習の崩壊です。
がん創薬は「知識の接続力」が問われる領域
がん創薬は、単純な細胞増殖抑制だけでは議論できません。
* 標的分子の妥当性
* がん種ごとの生物学的背景
* 耐性機序
* 腫瘍微小環境
* 薬剤感受性
* バイオマーカー
* 患者層の選定
* 既存治療との位置づけ
* 安全性と有効性のバランス
など、薬理・分子生物・臨床・開発戦略の接続が必要になります。
さらに、
* in vitroで効く
* 動物モデルで効く
* PKが出る
だけでは、臨床成功にはつながりません。
どの患者層を狙うのか。
既存薬との差別化は何か。
耐性化をどう見るのか。
バイオマーカーをどう組み込むのか。
臨床開発で何を証明するのか。
こうした「創薬の翻訳」が必要になります。
つまり、単なる実験技術者ではなく、
“創薬を構造として理解できる人”
が必要になる領域です。
しかし、その層が日本企業で急速に薄くなっています。
「専門性は外から買えばいい」という文化
さらに厄介なのは、この文化が研究所の外にも広がることです。
「分からないなら、外に聞けばいい」
「専門性は社内で育てなくてもいい」
「経験知は買えばいい」
という文化は、やがて、
* QA
* CMC
* PV
* 薬事
* 製造
* DX
* 統計
* メディカル
にも広がります。
すると、組織の中に“知識の背骨”が残らなくなる。
最終的に起きるのは、
「会議だけが増え、判断できる人がいなくなる」
という状態です。
創薬は、本来かなり泥臭い仕事です。
評価系も、動物モデルも、PKも、バイオマーカーも、実際には大量の失敗と試行錯誤の上にあります。
そこを理解している人が減ると、組織は徐々に、
「実験しているのに、研究できない」
状態になります。
求人票は、組織の“症状”を映している
求人票は、意外と正直です。
そこには、企業が今、本当に困っていることが書かれている。
そして時々、その会社だけではなく、日本の製薬業界全体の問題まで見えてしまうことがあります。
今回見た案件も、単なる外部委託募集ではありませんでした。
そこには、
* シニア不在
* 経験知不足
* 若手偏重
* 組織学習不全
* 評価系ブラックボックス化
* 外部知見依存
という、日本の創薬研究組織が抱える問題が、そのまま表れていました。
組織文化は、社内だけでは終わりません。
やがて、求人票にも、外注構造にも、研究の進め方にも現れる。
そして最終的には、社会全体へと漏れ出していきます。
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参考文献・関連資料
1. Scannell JW, Blanckley A, Boldon H, Warrington B. Diagnosing the decline in pharmaceutical R&D efficiency. Nature Reviews Drug Discovery. 2012.
2. DiMasi JA, Grabowski HG, Hansen RW. Innovation in the pharmaceutical industry: New estimates of R&D costs. Journal of Health Economics. 2016.
3. Paul SM et al. How to improve R&D productivity: the pharmaceutical industry’s grand challenge. Nature Reviews Drug Discovery. 2010.
4. Morgan P et al. Can the flow of medicines be improved? Fundamental pharmacokinetic and pharmacological principles toward improving Phase II survival. Drug Discovery Today. 2012.
5. Kola I, Landis J. Can the pharmaceutical industry reduce attrition rates? Nature Reviews Drug Discovery. 2004.
6. Workman P, Collins I. Probing the probes: fitness factors for small molecule tools. Chemistry & Biology. 2010.
7. Begley CG, Ellis LM. Drug development: Raise standards for preclinical cancer research. Nature. 2012.
8. Prinz F, Schlange T, Asadullah K. Believe it or not: how much can we rely on published data on potential drug targets? Nature Reviews Drug Discovery. 2011.
9. 日本製薬工業協会「製薬産業ビジョン」関連資料
10. 経済産業省「バイオ政策・創薬力強化」関連資料
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