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小説 『失墜 ― 冷たい正義の果てに』 #5 (ver.1)

第五章:認定

六月末、神明県庁に一通の報告書が届けられた。

差出人は第三者委員会。知事・茶都理一が自らの指示で設置した、外部の専門家による調査機関だった。

報告書の表紙には、こう記されていた。

「神明県庁におけるハラスメントおよび公益通報対応に関する調査報告書」

全241ページ。証言、録音記録、メール、診断書が克明に添付されていた。

そして、結論は明確だった。



【第三者委員会 調査報告書・要旨】

【結論1】
知事は複数の職員に対して、継続的に人格を否定する発言を行っていた。
内容には「君はここにいるだけで、組織の効率を下げている」「今のあなたは、仕事に何も貢献していない。むしろマイナスです」といった表現が含まれ、業務指導の域を逸脱していた。

【結論2】
過重な業務指示と精神的圧力により、心療内科通院者24名、休職者8名。
業務命令に見せかけた“心理的支配”の構造があった。

【結論3】
小暮章夫総務局長の公益通報は、手続き・内容ともに適正であり、法的保護の対象である。

【結論4】
知事が局長PCを閲覧し、通報内容を理由に懲戒処分を行った行為は、公益通報者保護法に明確に違反している。

【提言】
知事に対し、職責の見直しと説明責任の履行を強く求める。
県議会に対し、必要な政治的判断を促す。



この報告書は即日公開された。
その内容は、ニュース速報として全国へ広まった。

報道各社は特別番組を編成し、SNSは騒然とした。

「これはもう違法行為だろう」
「通報した人を潰すって、時代遅れすぎる」
「自分で作った委員会の報告を無視したら、制度の意味ないじゃん」

記者たちが注目したのは――茶都自身の対応だった。



翌朝7時55分。
報道陣が県庁正面に集まる中、公用車が静かに到着した。

茶都理一。
いつも通りのスーツ姿で車を降りる。
背筋は伸び、顔に迷いの色はない。

マイクが一斉に突き出される。

「知事! 第三者委員会がパワハラと違法処分を認定しました。どう受け止めますか?」

茶都は立ち止まり、記者たちを見回したあと、口を開いた。

「ご指摘の通り、一部の発言が職員に精神的な負荷を与えていた点については、反省しております。
ご迷惑をおかけしましたことを、お詫びいたします。」

「では、小暮局長の処分は不当だったと?」

茶都は、首を横に振った。

「処分は組織内の規律と職責に基づいて適正に行ったと考えております。
職務専念義務との整合性を持って判断した結果です。」

「報告書では“違法”とされていますが?」

「報告書はあくまで提言であり、判断権限は最終的に私にあります。」

そう答えると、茶都は無言で庁舎内へ歩いて行った。

その背を、報道陣の沈黙が見送った。



その午後、議会と世論は一気に動いた。

新聞は一斉に社説を掲げた。

「自ら設けた調査機関の提言に従わず、“私的判断”を優先する姿勢は、法の支配を拒絶するものである」

「謝罪はするが処分は正しいという矛盾。
これは、責任をとらない者の典型的な言い訳だ」

SNSでは「#茶都知事辞任を」「#法の上の知事」がトレンド入り。



その週末、県議会は臨時招集された。

最大会派の議員が言った。

「これはもはや、政策の問題ではありません。自分の正義に執着し、制度を無視し、責任を拒む。

私たちがいま不信任を行わなければ、
地方自治も、議会も、通報制度も、形だけになります。」

不信任案は、賛成64、反対5――圧倒的多数で可決。



数日後、住民リコール運動が始まった。
署名活動のスローガンは、ただ一言。

「正しさには、責任が伴う」

たった3週間で、必要数の倍以上の署名が集まった。



そして8月――
住民投票の結果、茶都理一は失職が正式に決定された。



退任の日。
庁舎の裏口から、茶都が静かに姿を現した。
報道陣が最後の質問を投げる。

「知事、あなたの“正しさ”は、間違っていたと思いませんか?」

茶都は立ち止まらず、背中越しに呟いた。

「正しさが間違うことはない。

間違うのは、それを受け止めきれない社会のほうだ。」

そう言って、車のドアを閉めた。

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