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そこに座れなくなった日にきっと出る涙のはなし

26歳。もうすぐ2人目がうまれるというタイミングで、一軒家を購入した。
とくに縁もゆかりもないその土地に決めたのは、夫と私のお互いの実家からも電車でこれる距離であることがひとつ。そして、内見の際に、一歩リビングに入った瞬間の日差しがあまりにやさしく美しく、これから増えゆく家族がゆったりと過ごせるイメージがあふれてきたからであった。

1児の親であった頃は広く感じた、その3LDKのマイハウス。まさか、そこから家族がさらに4人増加し、わずか数年後にはめちゃくちゃ狭く感じることになろうとは、当時の我々はもちろん想像もできないのであった。


私の特等席はキッチンの奥。
そこに、子どものための手洗いの踏み台を持ってきて、隠れるように座る。もちろん、リビングにはダイニングチェアもあるしソファもある。だけど結局、私がほっと息をつくために腰を据えるのは、その場所だ。

これは2代目。
1代目は双子の手によりぶっ壊れている。

子どもの側にいて、肌をくっつけて、見守っている時間も、それはそれは好きだ。だけど、少し距離をとって、「そこにママはいる」と安心したうえで、子どもたちがなにをしだすのか……それをこっそり見守るのも好きなのだ。

これはそんな私がそのリビングの端っこから見つめてきた、家族の歴史。

2016年。

長女1歳、次女0歳

妹に「どうじょ」とミカンを献上。
わりとイヤそうな表情の次女さん。
長女は、なんでも首から下げたいお年頃だったね。

年子姉妹。どちらも赤ちゃんだなあ。

少しずつ、少しずつ
姉妹の触れ合いがそれっぽくなっていくサマを見ていた。
この頃は、夫が残業しまくりで平日はなかなか会えなくって、一番育児は大変でつらかったな。

でも今思えば、キッチンに座って眺めていてもふたりはいつもいい子にしていた。本当に手のかからない姉妹だったけど、噛みしめる余裕があんまりなかったかなあ。

2017年。

ハイハイが始まった次女

いっしょにダンボールハウスで遊んだり。
互いが互いを好きで、いっしょにくっついて、昼寝もいっしょ。
かわいいなって思いつつ、迫りくる職場復帰にビビりつつ過ごし、後悔のないように友人にたくさん会った。

パパの絵本時間は貴重だったね

パパが早く帰ってこれた日は、私はキッチンにしっかり引っ込むことができた。
幸せな光景を見ながら、ノンアルを飲む。
アルコールにはない種類の、幸せの味を覚えた。

……にわかには信じがたいはなしですが……
長女妊娠から、授乳期間のうちに次女を妊娠、出産したので、3年以上禁酒していた。
うそじゃないよほんとだよ。

2018年。

出勤前のママより先に
念入りにメーキャップする長女(言い方の癖)

美意識を高めていく長女を見守る。
ママよりもお化粧、上手よ。

恐ろしいことに、これ、粘土である

仕事復帰してからしばらくは記憶があんまりない。
これは子どもの熱でやむなく休んだ日に100均の粘土をはじめたらめちゃくちゃポロポロする系粘土で、悲惨な状態になっているのをなんとか精神を維持するために収めた写真と思われる。

しめしめ……

次女ちゃんの2歳のバースデーパーティーのあと。
いたずらしますよ。と、姉妹の背中が語っている。


2019年。

4月。双子がやってきた

ふたりの弟ができて、とまどいつつも……
うれしい気持ちが隠せないあなたの顔。

いつもいっしょの双子

赤ちゃんがふたり一気に増えてにぎやかな毎日。大変だったけど、夫もいっしょに育休を取ってくれていつも家族で過ごした。幸せな時間だったなあ。
途中で夫の心臓と肺に腫瘍が見つかって危うく死ぬとこだったけど……

2020年。

「みっく(ミルク)~~~~~!!!!」

やばい。隠れて休憩しているのがバレた。
絶叫の光景を目の当たりにし、思わず動画を回す母。
ミルクを求めてキッチンに隠れる母を日常的に追い込んでくる双子。元気。

ミルクもらえたらあとはセルフで
双子「やれやれ…ゴクゴク」

ようやくミルクにありつけた双子はいつもくっついてセルフミルクしていた。なんだかかっこいいね。器用なものだ。

ベビーゲート(移動型)

キッチンのゲートも破壊されそうだからと買ったベビーゲートは、ゲートごと移動してくる仕様になった……。あ、それ、押せるんだ、スゴイネ……

ゲートに侵入して遊ぶ4児

時はコロナ禍。
双子入園早々に登園自粛で、ずっと毎日いっしょにいたね。発狂しそうな日々だったのになあ。
写真を見たら泣けてくるのは、なぜだろう。





2023年。(突然の中略)(写真が多すぎる)

集合写真がもっとにぎやかになった

末っ子の三男がうまれて、ますますにぎやかになった我が家。
キッチンに座って眺めていた私の子どもたちは、末っ子を気遣い、抱っこしてあやして、お世話をする側になっていた。
(当然ながらあぶないので、座ってる場合ではなかったが)

2025年。現在。

いつもいっしょなのは、変わらないね

ポップコーンを食べさせあうの図。5児になっても、いつもいっしょだ。いつまで、5人で遊んでくれるかな。


あの椅子に座って放心状態でよく眺めていた小さな子どもたちは……
長女10歳、次女9歳、双子6歳、三男2歳になった。

その椅子から眺める我が家には、壁の落書きが増えに増え、カーテンは引っ張られてカーテンレールがぶっ壊れ、壁に穴をぶちあけて海外製の強靱なベビーゲートをのちに設置するも双子に突破され穴あけ損となり。ひっそりと冷蔵庫を開けると「ママ何食べてるの」「やったーお菓子!」といつの間にか5児が後ろにいる。
私の隠れ家はいつしか隠れられる場所ではなくなり、特等席の小さな椅子は、姉妹や双子が料理のお手伝いをするための踏み台として活躍するようになった。
私が小さな小さなこの椅子で、うなだれて、疲れ切って、こっそりと家族を眺めている間に。
みんながすっかり成長し、そして歴史が繰り返されていくのを目の当たりにしてきた。
この小さな小さな椅子を通して見つめてきた、我が家の歴史。
これから、またどんな風に変化していくのかな。



数年後にこの椅子の出番がなくなったとき。きっと私だけが泣いているんだろう。
なんだか、そんな涙も悪くない。
そう思えることを願って、今日も明日もここから家族の歴史を眺めていたい。


この椅子にさよならする日がそう遠くないことに、おそらく私だけが気づいている。

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髙塚しいも|5児の母 もしこのような記事をサポートしたいという稀有な方がいらっしゃいましたら、ぜひともよろしくお願いいたします。5児の食費・学費にさせていただきます!