書け。描け。抱け。夢よ、拡がれ。
「空の色に、ピンクを使うなんて。大胆ですごくいいなあ、と思ったんですよね」
長女が小学校1年生の年の6月。
担任の先生との初めての個人面談で、彼女の絵がとあるコンクール出品の学年代表作品に選ばれたことを聞いた。
その日の帰り、廊下で見た彼女の絵は、希望に溢れている色味をしていた。ピンク色の空にうかぶ黄色と赤色の太陽。太陽に向かってまっすぐに伸びる緑の木々。たっぷりつけた黄色の絵の具が太陽に向かって垂れた模様は、ひと筋の光のようだった。
彼女には、世界はこう見えているんだ。そう思った。

その朝顔がまだ咲いていないのも
なんだかいい
「絵、見たよ。すごく素敵だった。色がほんとうによかったよ」
面談後のその足で放課後キッズクラブにお迎えに行き、長女に伝えた。彼女は靴の踵を直しながら、照れくさそうに「えへへ」とはにかんで笑った。
小学3年生になると、彼女は教室に入れなくなった。
小学2年生からだんだん行けなくなっていき、ついには昇降口をくぐることもできなくなった。
あんなに大好きだった図工だけは、かろうじて行けていたのに。あの絵の中で、いっしょにいる様子も描いたお友達とクラスも離れてしまったとたん、彼女の中でなにかが弾けてしまった。
「今日も行けないの?」
「どうしてなのか、言ってよ……」
責めるような響きをこめないようにと思っても、私の言葉たちはつい一定の冷たさをもって、口からこぼれてしまう。こぼれ落ちたころにはもう、遅い。長女は申しわけなさそうにソファに沈みこみ、ゲームをする。私はため息まじりに「今日もお休みさせてください」との連絡を上司に送る。
かかりつけ医にも行った。
心理士に相談した。
担任とも何度も面談した。
でも、行けるようにはならない。
──学校に行くことはゴールではない──
それは、不登校の当初からわかっていた。それでもこんなに焦る自分がまだ心の中にいることに、私は日常のふとした瞬間に気づいてしまう。そうして、勝手に傷ついてしまう。
互いに傷つきたくなくて。
互いに互いを支える関係のままでいたくて。
私は「できないことに目を向けること」をやめた。
やめないといけないんだ、と理解した。
学校に行けない彼女は、ゲームの世界に没頭した。
私は、彼女がゲームでステージをクリアできたら、
「すごい、プロみたいだね」と言った。
ゲームの『あつまれどうぶつの森』で素敵なデザインを描いていたら、
「ひとりでこんなの描けるんだね」と褒めた。
オンラインで友達ができたと報告されたら、
「あなたが優しいから、お友達がついてきてくれるんだよ」と伝えた。
少しずつ、彼女は回復していった。笑顔で家にいられるようになり「なんだか胸が苦しいんだよ」と言わなくなった。
多分、この寄り添い方は間違ってない。そう感じていた。
でも私は。親として、まだ彼女にわずかに期待したかった。
ゲームではなくて、その小さな掌から、「なにかを生み出す姿」を見たかった。
「ゲームをやりすぎると、脳が縮んじゃうんだよ。だからそうね、せめて、1日…4時間、かな」
児童精神科の担当医、シロ先生にそう言われた長女は、意識的にゲームの時間を調整するようになった。それならばとばかりに、私と夫は「その分、本でも読んだら」と、いろんな子ども向けの文学書や自己啓発本を買い与えた。それを少し開いてみて、彼女は泣いた。
つまんない。と。ゲームしたい。と。
ああ、そうですか……。じゃあ、いいよ。もう。
私は半ばあきらめて、買った本を本棚に戻していく。
その横では、まだ一度も開けてない絵の具セットが静かに埃をかぶっていた。筆の一本一本、絵の具のひとつひとつに名前を書いた。そしてそのまま活躍することもなく、それは眠っている。
「ねえ。今日、絵を描こうよ」
長女ちゃんの絵が見たいな。ママ、好きなんだ。
今日、担任の先生との面談に向かう車の中で。
車を右に転回しながら、私は長女に言った。
長女は学校に行けなくなっても。ゲームに熱中していても。イラストを描くことはずっとずっと、好きだった。
ゲームにハマれば、登場人物をノートに描いた。Youtubeのキャラクターにかわいいのがいれば「擬人化で描いてみるわ」と、自分のノートにペンを走らせる。
興味があれば描いてみる。
私のかつてのハマり方とまったく同じその姿に、思わず笑ってしまう。
いいね。
オタクの素質があるよ。あなたには。
「うん、いいよ」
「ね。せっかくだし、また先生に画用紙をもらってさ。まだ使ってないあの絵の具セットで、画用紙いっぱいに描いてみようよ」
「──うん。わかった」
私がなにかを誘えば、たいてい、いったんは受け止めてくれる長女。それから場合によっては「やっぱりいまいち」という表情になっていくこともしばしば。
でも「やめたい」とも、言えない。そういう子なのだ。
でも、今回は違った。
帰宅後、まっすぐに彼女はリビングのテーブルに向かい、絵の具セットを出してきた。
ピカピカの筆。たくさんの未使用の色たち。まっしろなパレット。
さあ、なにを生み出そうか。
これから作り出されようとしている色が、すでに彼女の頭のキャンバスにあふれ出していることが、私には見てとれた。

「ママもいっしょに、描いてみようかな。ママはね、テーマを決めて描いてもいい?」
「テーマ?」
「うん。テーマは『夢』にする!」
そう言って私は、参考になるかしら。と思って、こんなコンテストがあるんだよ、と彼女に見せてみる。

神奈川県の小学生が参加できる、絵画コンテストだ。
「ぼくたち、わたしたちの未来の世界」
たくさんの「未来」や「夢」を描いた作品が集まるかながわ夢絵コンクール。毎年、ダイナミックで、カラフルで、未来への希望に満ち溢れた作品の数々をたくさん眺めることができる。先日、今年度の受賞作も発表されたのだが、すばらしいものばかりだった。ぜひ覗いてみていただきたい。
「すごおい」「そうだね」
長女とふたり、感嘆の声をもらしながらそれらを眺めていた。
子どもたちが描く未来には
「実現性の有無」「絵の構図の良し悪し」「色のバランス」
などを気にかけている様子がまったくない。
だからこそ、すべてが希望であふれている。
「こんな世界だったらいいのに」
そんな純粋な理想をつめこんだカラフルな絵には、今、大人になった私たちに、まっすぐに訴えるものがある。
これはコンテストだから、最終的には「優秀賞」など、作品に結果がつく。でも、この結果が重要なのではないと私は思う。
子どもたちが、子どもである、今のうちに。
頭で思い描く「夢」や「理想」を爆発させる場所。
それがあることに、意味があるんだと感じている。

いいぞ、そのままいっちゃえ
優秀賞の作品を眺めながら、長女は言う。
「ぼくは、賞はとれなくたっていい。ママに、すごいねって言われたら、それでいいの」
長女ちゃん。
もうあなたはすでに、私の中で優勝確定よ。
もう、連覇よ、連覇。

丁寧で、不器用で、愛しい
長女は、夢を語るようになった。
それは、学校に行けなくなってからのことだ。
「ぼく、イラストレーターになりたい」
絵を描くたびに、私や、夫や、祖母や、妹や、弟が「上手だね」と言ってくれるようになり。
家で書いた絵を担任の先生が塗り絵にしてくれて、クラスに配布してくれたり。
絵は、彼女の自己肯定感の土台を強くしてくれた。
絵を描く仕事ってどんなものがあるのかな。
そして長女はいつしか、そう私に尋ねるようになった。私が提案したいくつかの案の中から、彼女は「イラストレーター」を選択した。
「さてと。イラストレーターになるためにも、練習しないとね」
そう言って、彼女はゲームの隙間時間に、階段の隅っこで、ノートにたくさんの絵を描く。
そうして長女はどんどん、夢への架け橋を築いていく。


クリスチーヌちゃん。らしい。

お返事に描いたお友達、次女、長女のイラスト
それぞれの好きなカラーを使って。
夢をかなえるには。
学校に問題なく通えていないといけないのだろうか。
「いけない」ということは、きっとないだろう。
ただもしかしたら、目指すものによっては、それが「better」ではあるかもしれない。
でも、私はその真っ当な道を歩かなくてもいいと思っている。
そして。将来、イラストレーターになれなくたっていい。
あなたがこうして、大きな夢を抱いていること。
それを、大きな声で宣言できる世界であること。
それが、なによりも大切なんだ。
今年の6月ごろには、夢絵コンテストの第30回の応募がはじまる。
そのころに、彼女がまだ絵を、夢を、思い描いてくれるかはわからない。
でも、言ってみよう。
聞いてみよう。
いっしょに描いてみよう。
「あなたの夢はなに?」
何回でも聞いてみよう。
その答え。私に何度でも、聞かせてほしい。

スクーターがあるのが、おしゃれだね。
コンクリート、魚影もリアルだ。
だからね。
ママも、いろんなチャレンジをしたいって思う。
たくさんの夢を描き続けたい。
書いて書いて、いつか本を出してみたいな。
どうかな。どう思う? ママ、できるかな。
ママは、あなたのことを本に書いてみたい。
書いてもいい?
それは、大好きだからだよ。
あなたの素敵なところ。たくさんの人に伝えたいよ。

私の夢。あなたの夢。
いっしょに叶えたいな。
長女ちゃん。
大人になっても、夢は描けるんだよ。
恐れるものはなにもない。
さあ。
またいっしょに、たくさんの夢を描いていこう。
最近、ママのnoteをこっそり読んでいる
長女ちゃんへ。
いっしょに絵の具で描くの、すごく楽しかったね。
楽しかったから、このあとお仕事にママが行っちゃって、長女ちゃんは泣いちゃったね。ごめんね。
またお休みとってくるから、そしたら。
次こそ、「夢」を画用紙にいっぱい、かいてみてほしいな。
何色でもいいよ。どんなものでもいいよ。
考えておいて。
やくそく、だからね。
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