転がる少女とちいさなアパート
「ちょっと転がり落ちてみようかな」
私が生まれてはじめて勇気をだしてみたのは、当時住んでいた小さな教職員アパートの二階の部屋から降りる、まさにその瞬間だった。当時の私は、三歳か四歳。勇気というより、あれは興味本位というべきか。なぜそんなことを考えたのかは今となってはわからない。ただ無性に「やってみよう」と思いついたときの、階段を見下ろしたあの光景を覚えている。私は階段のてっぺんで横になってみて、身体をそっと転がしてみた。
ドンッ ドンッ ドンッ
思っていたよりも派手な音を立てて、私の身体はゆっくりと転がり落ちた。そして、カーブで引っ掛かり、残り数段を残してストップした。
「え!? なに、なに!?」
オカンは驚いて、こちらに駆け寄ってきた。そりゃあそうだろう。幼い娘が突然階段から転がり落ちてきたのだから。心配そうな彼女に向かって、まさか「ちょっと面白そうだったから」なんて、もちろん言えるはずもなく。「落ちちゃった」と、てへへと笑った。思ったよりも痛かったんだったか、どうだったか。もうそのあたりの記憶はない。
そんな、四歳まで過ごしたあの小さなアパートでの日々を、今もふいに思い出すことがある。なんでもないことのはずなのに。胸に迫るなにかを伴って。
私が住んでいた教職員アパートは集合住宅のように四棟ほど同じようなアパートが密集していて、真ん中にはちょっとした広場があった。お父さんやお母さんが教職員という共通点をもった子どもたちは、そのなんにもないただの広場で、いつも狂ったようにかけっこしていた。五歳と三歳上のふたりの兄が私にはいたが、「はい鬼~」と言われてタッチされたが最後。いつまでも誰にもタッチできずに泣いて終了するので、最終的にはみそっかす扱いとなり、タッチされても鬼にはならないただのにぎやかしになった。それもつまらなくなると、数少ない年下の子を捕まえては、私は広場の端っこでスキップのやり方を教え込んだ。歩き始めた子に教えるには、幾分無理があったと今になって反省している。
その広場には、ときおりバカでかい音楽を響かせるパンの移動販売がやってきた。小さなトラックにバタコさんに似たなにかのイラストが描いてあって、子どもたちはあのミュージックの虜だった。
その日も私はオカンにくっついて、そのパンを遠巻きに眺めていた。もっと間近に見てみたかったが、私の当時の身長ではパンのラインナップはまったく見ることができないのだった。なんのパンがある? なんていいながら、オカンの手をとったそのとき。
ガリンッ
どう考えても嫌な感じの音がした。口の中に金属の味が広がって、嚙んでいたハイチュウとまじりあう。あ。銀歯とれた。幼い私にもそれはすぐにわかった。しかし、それを今ここでオカンに告げたら、パンを買ってもらえないかもしれない。でも、この銀歯ってとれたらどうしたらいいのか、わかんない。私は変な汗をかきながら、オカンの手を強くにぎった。
結局。そのあと取れた銀歯についてどう申告したのかは、忘れてしまった。オカンには呆れられたけど、怒られなかったと記憶している。ちょっとだけ笑いながら、口を覗くオカンの顔。私の記憶は、わりと鮮度は高いと思う。
もっともっと幼い頃の記憶もある。当時二歳。次兄の七五三のお祝いとあわせて、まだ二歳だった私もついでに七五三の写真撮影をした日のこと。黒い袴を着て、無邪気な笑顔をカメラに向ける次兄の横で、ぼう、と立っていた私。
「しいも! こっちよ!」
「笑って、笑って~!」
教職員アパートの集会所。オカンや近所のママたちがカメラの奥で私のことを必死に呼んでいる光景。それを不思議に思いながら眺めていたことを覚えている。その日の写真は今もずっと実家に飾られているが、残念ながら私はぼけっとした顔のまま、明後日の方向を見つめているのだった。まだ穢れを知らない次兄のまぶしい笑顔と対照的なその写真を見ると、今もなんとも言えない気持ちになる。
振り返れば、幼い頃にほど、なんでもない日のことばかり覚えているものだなと思う。人生においてさほど重要でもなさそうな記憶ばかりが、ふいに思い出されるのはどうしてだろう。
たしかなことは、きっと今、私の子どもたちの記憶にも、私の手の温度や表情や、かけた言葉が刻まれているんだろうなということだ。昔、ママこう言ったよね。と齢十歳を超えた長女に言われると、私と同じく記憶を保持する能力が高いんだろうなとしみじみし、そして気を引き締める。私はやはりこれからも、母として粛々とこの忙しない日々を遂行し、この家を守っていくほかないと、心に誓うのだ。
願わくば。子どもたちの記憶の中の私は、笑っている方が多ければいいなと、ちょっとだけ思いながら。
(1952文字)
わたしの最も古い「家族」の記憶を思い起こしました。
記憶力は、いい方です。
おとといのご飯は忘れてるけど。
みなさまも、ぜひ「なんのはなしです家」とささやきながら、いっしょにZINEに掲載されましょう。
いいなと思ったら応援しよう!
もしこのような記事をサポートしたいという稀有な方がいらっしゃいましたら、ぜひともよろしくお願いいたします。5児の食費・学費にさせていただきます!