家族がふかまっていく|5児育児日記
「「いってきま~す」」
ふたつ並んだランドセルを、玄関から見守る。
振り返らずに角を曲がって消えていくその後ろ姿を、うれしいような、さみしいような、霞がかった気持ちで毎朝、ながめている。
今年の春に小学一年生になった双子の息子たちが、朝ふたりで登校し、帰りもふたりで近所の子どもたちと帰ってくるようになった。
毎日毎日「いっしょにきてよ」「お迎えにしてよ」と言われ、むしろ言われなくても心配で心配で。近くまで様子を見に行って、手を引いて、同じ道を行ったりきたり。
でも、いよいよ私のお腹も大きくなり、歩くたびに「しんどいわあ」「重いわあ」と文句ばかり垂れ流すようになっていくと同時に、双子は双子で成長を遂げていたようだ。
「ママ大変そうだからね」
双子弟はそう言って、家の中ですれ違うたびに私の腕に手をのばし、高速で力をこめてもみほぐす。彼にとって「高速で」というのは、大きなポイントである。はやい? ねえはやい? と、その速度を観測したがる。私は「はやいよ(当社比)」と返す。彼は、私が座っていれば肩をもみ、立っていればちょうど目の前に立ちふさがる私の大きなお腹を、きゅ、と持ち上げる。
「これでどう? 軽い?」
軽いよ。ありがとう。と私がいうと、うんうん、と満足そうな顔をする彼の頬をなでた。新しい命を待ちわびている顔は、こんなに優しいんだなあ、とじんとする。

これは自作の恐竜。
「双子兄くんは、本当にみんなを巻き込むのが上手ですよ」
これは、先日の面談で担任の先生から言われた言葉だ。支援級に通う彼の担任は、かつて次女が1年生のときも真摯に支えてくださった恩師。私も心から信頼しているので、その言葉を素直に受け取った。
先生も言ってくれたように、彼は相変わらず、誰にでも声をかける節がある。2歳からずっと変わらない。でも、それが彼のいいところであり、今後やり方は柔軟に変化させていく必要もあるところでもある。
先日、勝手にお友達家族と遊ぶ約束をしてきて、パジャマでのんびりしているときにお友達とママが突然訪問してきたときには面食らってしまったが。まあ、友人関係は良好ということで。私もママ友ができたので良しとした。
「今日は〇〇さんと遊んだんだ」
「明日は〇〇さんに、この作った折り紙あげよう」
毎日、いろんな友人の名前が彼の口からこぼれる。
なんやかんやで楽し気に過ごしているようで、一安心。小学生男児、どんどんタフになっていくんだろうな。

Tシャツ、毎日のように前後ろ逆。
いつまでも治らない。(諦め)
幼児クラスになった三男。
姉も兄も経験してきた体操やダンス、お勉強と、こちらも忙しそうだ。
相変わらず、そのぽっこりお腹を指さして「赤ちゃんいるの?」と聞くと、「いる!!!」
と確信している様子。
「ここにも実は、いるんです」と、私がお腹を見せると、「ワオ~~!」と叫んで、ドンドコズンドコドンドコと激しめに腹太鼓をしてくるので、「ありがたいですが……」とそっと辞退いただく。腹にいるときからうるさくて、お腹の子もたまったもんじゃねえだろうと思う。
しかし「かわいいかわいい」と言われて育ってきた末っ子暴君も、どんどん「かっこいい」寄りを目指しているのを感じる。
ベイブレードを「いっけえ!」とぶん回し、ブロックで毎日毎日怪獣をつくり、外に出れば虫を探してその住処を踏み荒らし(やめてもろて)、自分のことをたまに「オレ」と言い出す。
「オレがオレがオレが~って毎日言ってます」と先生から報告を受けて、なんかそんな芸人もいたな~と思ったが、おそらく若干異なるし、これは自我強すぎマンの双子兄の口癖が由来だった。
オトコの片りんをあらわしつつも、そこは末っ子3歳(暴君)。ことあるごとに末っ子パワーを発揮し、床にごろごろ、「抱っこ」とうるんだ瞳を見せてくる。愛され方を心得ているというのは、一種の生まれ持った才能なんだろう。この末っ子を見ていると、ひしひしと感じるのである。

このポーズである。
次女ちゃんは先日、お泊り研修に元気よく出かけて帰ってきた。
以前から、支援級だけのお泊りには参加したことがあったけど、今回は学年全体の行事。不安がってるかな……と母の心配もよそに、ルンルンで指折り数えながら準備して、当日も元気に帰宅した。
「ひとりでお買い物してきたい」
「卵焼き、ひとりでつくったよ」
「ぼくはひとりでもう帰れるよ」
「算数、3桁の計算はもうばっちりだよ!」
どんどんと手を離れゆくたくましい成長っぷりに、ついていけていないのは私の方だ。
そしてきっと、一番近くにいる存在である、長女も。
「次女ちゃんはえらいね。すごいね。ぼくは無理」
ときおり、次女が生き生きと学校やひとりで買い出しに行った話をしている横で、そうささやいている長女、みるみる。
学校に行かず、勉強もしない長女。
でも、次女はそこで責めるようなことはしない。
「今度いっしょにいく?」
「ぼくができるから、みるみるちゃんもできるよ」
次女はそう言って、たいしたことはないよ、と笑う。
もちろん、自閉症特有の空気の読めなさも相まって、発言をあやまって怒らせることはあれど。基本的にやさしいやさしい、次女ちゃん。
そして、そこに支えられながら、自分は自分で、と心を保つことができてる、長女。
姉妹っていいなあ。うらやましいな。と、ふたりを見ているとしみじみとしてしまう。

ふたりでデコレーションしてくれた。
先週末は、名古屋に弾丸旅行してきた。
新たにやってきたフリード(3代目)とともに、夫の運転で早朝から出発。
施設のばあちゃんに会えてあったあんなことやこんなことの話は、またじっくり書きたい。
とにかく、私がまだ動けるうちに、ばあちゃんと父に妊娠報告をしたい……!と、あわてて組んだスケジュールだった。叔母にもいとこにも会えて、父の墓前にも家族で並ぶことができて、本当によかった。ほっとしている。
たどり着いた施設で、小さくなったばあちゃんの手を握っていた。認知症が進行し、耳も遠くなったばあちゃんの手はすっかり硬直して開かなかった。私はその深い皺が刻まれた手を、そっと上から包み込んだ。みるみるも近づいてそっと手を重ねた。ばあちゃんは、うんうん、と頷いた。
翌日の父の墓参り。
みんなで雑草を抜いて、墓石を磨き、お花を供えて線香をあげ、手をあわせた。手と目をぎゅう、とつぶる子どもたちの顔を見て、命がめぐっていくことに想いをはせていた。
家族が、しずかに、でも着実に、ふかまっていく。
その音に耳をすませながら、みんなで新しいフリードに乗り込んだ。
神奈川に入ってから渋滞にはまった。
子どもたちは、暇だと荒れるかと思いきや。5人でずっと、大声じゃんけんをしていた。
飽きもせず。ただ大声でじゃんけんをしている、というこの事態を楽しんでいるかのようだった。長旅のラストに渋滞に見舞われた夫も、ふふふ、と笑みをこぼしていた。
この5児。親を渋滞にイラつかせる隙もないのだ。
そう気づいたとき、この家族でよかったな。と思った。
ばあちゃんから、父から、つながってきた命。
これからまた、つながっていく命。
大切につなぎ合わせながら、生きよう。
生き続けたい。
知らないだれかから引き継いだ中古のフリードの中で、そんなことを考えた日曜日の夜。
車内で響く子どもたちの笑い声に後押しされるように、車はそこから滑るようにまっすぐに、我が家へと進んでいった。

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