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亡き父に会えたら、朝日新聞の取材を受けていた話


私の父はもういない。
この空のどこか。
遠い遠いあたたかい世界で、笑ってのんびり過ごしていてほしいと思う。
とてもいい人だった。Noとけして言えない人間だった。
記憶の父はいつも笑っていた。
きっとたくさん辛いこともあった。
でも記憶に残る父はいつも笑っている。
そういう人だった。

17年の時を共に過ごし、そして父はいなくなってしまった。

でも。だからこそ会いたくなる。
それは叶わないとわかっているからこそ、人は求める。
例にもれず、私もそう。


だから会いに行った。
思い出に。
その忘れていた声に。


この記事を書いて思ったことは、生きていれば、やはり多くの人が、大切な人との別れを経験するものだということ。そんな人が世の中にはたくさんいて、もう思い出すこともできない人だっていること。
そういう人がその記憶を取り戻したくなる、そんな一助にこの記事がなれたのかもしれないということだ。

この記事は注目記事に選出いただき、そしてそこから多くの人に読んでもらった。
「私もダビングしてみようと思います」
「声を聴くこと、諦めていたけど、自分もこの業者にお願いしてみようかな」
そんな声が多く届いた。私もとてもうれしかった。

父はいつだって私のことを助けてくれた。
それは亡き今も変わらないのかもしれない。そう思った。


これを書いた一ヶ月後。
驚きのメールが届き、しいもは愕然とする。


??????
え…


ええーーーーーーーー


ええーーーーーーーーーーーーーー????????(シンジラレナイ)

ってことで。
びっくらこきました。

でももちろん、めっちゃうれしかった。
ああ、こんなこと、お父さんの存在がなかったら、叶わなかったよなあって、すでに泣きそうだった。

夫にすぐさま報告。
「ま、まじで!!!???すご!!!え……すご!!!(語彙力やっぱりないのい)」

子どもたちにも報告。
「ママめっちゃすげーーー!(たぶんよくわかってない)」
という感じで、すでに髙塚家、お祭り気分。

まずはnoteの担当者の方に返信し、そこから紹介していただいた朝日新聞記者の若松さんとつながり、取材の日程調整に入った。


Web版の朝日新聞で「いつも、どこかで」を連載されている若松記者。記事には、特別な人ではなく、いたって普通の生活を送っている人たちの、大切な思い出が優しい言葉で紡がれている。
あの時の後悔や、うれしかったこと。家族や、他人との大切な絆。

お話をいただいた当初はもちろんうれしく、ただ少し不安もあった。新聞記者といえば、いわゆる週刊誌の「パパラッチ」のイメージも正直あったりして……。
でも、この記事を買いている若松さんには、なんだか心が通ずるものがあるように感じた。ということで、直接お話をしてみたいな……ということで、夫に許可を経て、対面での取材をしていただくこととなった。



取材の日。
まず最初に後悔したことがある。
この取材に向けて、「名刺をつくろう!」と大急ぎで張り切ってCanvaで作った。
ギャルっぽいギラギラした名刺入れも新調した。


当日。
カバンを変えてしまったので、家に忘れてきた。
(なにしてんホンマ……)

でも。
いただいたお名刺、うれしくて手帳に保管している。



物腰柔らかで、丁寧にお話を聞いてくださる若松さん。
ついつい私も、話に夢中になっていろんなことを話し込んでしまう。

私が「こういう人が敏腕記者ってやつなのだろうな……」と感じたこと。

それは、聞きだすだけではなくって、自分がどんなことを信念に掲げていて、どんな連載を作り上げていきたいのかということだったり、こんな言葉を大切にしているといったことを語ってくれたこと。
家族でどんな風に過ごしているのかだったり、自分の記事を奥様に読んでもらって意見交換していること。
若松さん自身のこともたくさんお話してくださるので、心が近くなってだんだん深い話に自然となっていく。それが単純に、とてもうれしかった。
記者の仕事の話も聞かせてもらった。
それを聞いて思ったのは、記者とnoteの記事を書く人間とでは、あくまでも観点が違うのだということ。
それでも彼の言葉が、目の前にいる私に誠実に届いてくるのは、その温かな人柄がそうさせるんだろうな、と感じた。


そんな若松さんの言葉で、私のこと、私の大切な思い出を、丁寧に記載していただいた。

夢みたいだ。

よろしければ、みなさんにもぜひ読んでいただけたら、こんなにもうれしいことはない。


後半は有料記事になっているけれども、一ヶ月無料期間もあるので、この機会にぜひ。(こちらは、会員登録必要となります)↓↓


有料部分で、これまで声にしてこなかった私の夢も語った。
というか、若松さんが丁寧に私の声を拾ってくださることにより、自分の「夢」が、見えてきた。
取材していただいたからこそ見えた、私の本心。そしてこれから。
そちらもぜひ覗いていただけたらと思う。


夢に向かって。
これから先も、等身大の言葉を紡いでいきたい。
そしてまたいつか、もっと書ける人間になって
若松さんに取材してもらえるような人間になりたい。
だからこれからも、書き続けたい。


少しずつ、自分のペースで。
私は今日も明日もパソコンに向かう。






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