オーストラリア米を食べて気づいた、適材適所の大切さ
先日、安かったからオーストラリア米のパックご飯を買ってみた。
お米の値段も高いし、
外国米がどんなものか試してみようと思ったから。
実際に食べてみた感想はというと……
正直、
「やっぱり日本米の方が好きだな」
米粒が丸に近い楕円型の日本米と比べて
オーストラリア米は細長い米粒。
そのせいなのか、
水分や粘質がなく、パサパサしていて、
白ご飯として食べるには少し物足りない。
改めて、
「日本生まれの日本人で良かったな」
なんて、しみじみ思ったりもした。
でも、そのあとふと気づいた。
これ、チャーハンやドリアには向いているんじゃない?
実際、日本米でチャーハンを作ると、
火力が弱いとベチャっとしやすい。
(IHコンロだと、ベチャ率高くなるの私だけ?)
でもオーストラリア米なら、
最初からパラっとしている。
白ご飯では物足りなく感じた特徴が、
料理によっては強みになる。
そこで思った。
これって、人も同じなんじゃないかなって。
私たちはつい、
「向いていない」
を
「価値がない」
と勘違いしてしまうことがある。
仕事でもそう。
周りと同じようにできないと、
自分はダメなんじゃないか。
能力が足りないんじゃないか。
そんなふうに考えてしまう。
でも本当にそうだろうか。
オーストラリア米は、
白ご飯として食べると日本米に敵わないかもしれない。
だけどチャーハンやドリアなら、
むしろ向いているかもしれない。
向いている場所が違うだけ。
私自身、
休職してからそれを痛感した。
休職し始めた頃は、
「みんなと同じように働けない自分」
ばかり見ていた。
でも休職して、
noteを書いて、
たくさんの人と繋がって、
以前は気づかなかった自分の強みも見えてきた。
今いる場所でうまくいかないからといって、
その人の価値が低いわけじゃない。
ただ、
その場所が合っていないだけかもしれない。
魚に木登りをさせて、
「能力がない」
と言うのは違うよね。
向いていない場所で苦しみ続けるより、
向いている場所を探した方がいい。
オーストラリア米を食べながら、
そんなことを考えた一日だった。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
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皆さんは、
「向いていなかった場所」
「意外と向いていた場所」
ありますか?
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