「型があるときの、自由」|枠の中で見えてくるもの
「自由でいたい」と思うことが、よくあります。
縛られずに、思うままに
軽やかに動けたらいいな、と。
でも最近、少し違う感覚に気づきました。
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何も決まっていない状態は
一見、とても自由に見えるけれど
いざその中にいると
どこから手をつけていいのか分からなくなったり
気持ちが散らばってしまったりして
かえって動けなくなることがある。
その一方で
ある程度の「型」があると
その中で安心して動けるというか
自分の感覚に、すっと集中できる。
そんな感覚がありました。
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このことに気づいたきっかけは
スタンドFM。
毎日配信を一度やめて
しばらく自由に過ごしてみたとき
「今日は何を話そう」
「これを話していいのかな」
そんなふうに考えすぎてしまって
かえって言葉が出てこなくなりました。
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そこで
少しだけ形を決めてみることにしました。
ほんの少しの型を置くだけで
不思議と、言葉が自然に出てくるようになって
ああ、私には
この方が合っているのかもしれない、と感じました。
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もう一つ思い浮かんだのが、いけばなです。
いけばなにも型があります
その中で
どの花を選ぶのか
どの角度で魅せるのか
決められた枠の中にいるからこそ
小さな違いや、自分らしさが浮かび上がってくる。
花を通していけた人を感じる
楽しい瞬間でもあります。
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そして、それは
言葉も同じなのかもしれません。
短歌や俳句のように
限られた型の中で
言葉を削ぎ落としながら
その中で表現していく。
制限があるからこそ
一つ一つの言葉が、際立っていく。
無尽蔵に言葉を並べたからといって
伝わるわけではなくて
むしろ、削ぎ落とした中にこそ
届くものがあるのかもしれません。
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枠があることで
見えてくる自由
そんなものが、確かにあるのだと思います。
たくさんの枠組みがある中で
どの型を選ぶか
どんな型をつくるか
それを自分で選んでいくこと。
それが、私にとっての自由で
そして、どこか
安心できる在り方でもあるのだと感じています。

