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【前編】瞑想って結局なに?「無になること」じゃないよという話|【整える習慣】

「瞑想、いいらしいよね」

そう聞いたことはあっても、
「でも、なんか難しそう」
「無になれないし、自分には向いてないかも」
と思って、そのままにしている人は多いと思います。

私もずっとそうでした。

この記事では、
そんな「なんとなく気になってるけど、よくわからない」
という人に向けて、 瞑想とマインドフルネスの本当の意味を、
できるだけわかりやすく書いてみます。

まず、よくある誤解を一つ壊したい

「瞑想って、無になることでしょ?」

これ、ほとんどの人が最初に思うことです。

目を閉じて、頭の中を空っぽにして、雑念をゼロにする
───そういうイメージ。

でも、正直に言います。

無になれる人間なんて、ほぼいません。

瞑想中、
頭の中では「今日の夕ご飯どうしよう」
とか「あのメール返してなかった」とか、
次々と何かが浮かんできます。

それは当たり前のことで、脳の自然な働きです。

「雑念が出てきてしまう=瞑想できていない」ではありません。

これが最初の、そして一番大事な誤解の解消です。

じゃあ、瞑想って本当は何なのか。

瞑想とは「自分の心と体に気づく」トレーニング

ひとことで言うと、こうです。

瞑想とは、自分の体と心の状態に「気づく」ためのトレーニング。

私たちは、自分のことをよく分かっているつもりでいます。

でも実際には、
自分の心が今どんな状態なのか、
何に反応しているのか、ほとんど見えていません。

「自分のことは自分が一番よく知っている」と思いがちですが、
実はそうでもないんです。

そして、
生きていくということは、毎日、
自分の心と体を自分でやりくりしていくこと。

仕事でも家事でも人間関係でも、
自分の心と体を使って一日を過ごしていきます。

このやりくりが上手な人と、苦手な人がいる。

その差はどこから来るのか
───ここで一つ、わかりやすいたとえを使ってみます。

自動車の運転に例えてみる

世の中には、
性能の良い車もあれば、そうでない車もあります。
でも、どんな車であっても、必ずそれを運転する人がいますよね。

そして、同じ車に乗っていても、
運転が上手な人と下手な人とでは、
安全性もスピードも、まったく違います。

人間も、これと同じ構造になっています。

車 = 私たちの体
運転手 = 私たちの心

上手な運転手(心)が体を動かすのか、下手な運転手が動かすのか。
それによって、毎日の過ごしやすさが大きく変わってきます。

たとえば、
体に不調を抱えている人は、
思うように動かない車を、心が一生懸命に操っているような状態。

逆に、体は元気でも、心の方が落ち着かなくて、
せっかくの体をうまく扱えない人もいます。

つまり───

心の使い方が上手くなると、人生はぐっとラクになる。

瞑想は、その「心の使い方」を上達させるための練習だと思ってもらうと、イメージしやすいです。

心が乱れる仕組みを見てみよう

では、その「心」は普段、どんなふうに動いているのか。

私たちには、
目・耳・鼻・口・肌という、
外の情報を受け取る入口があります。

そして、
そこから入ってきた刺激を最終的に処理するのが「心」です。

刺激が入ってくると、
心の中ではこんなことが起きています。

  1. 目・耳・鼻・口・肌から、いろんな刺激が入ってくる

  2. 心がそれに反応する(「嫌だな」「怖い」「ムカつく」「びっくりした」など)

  3. その反応がエネルギーとして心に溜まっていく

  4. 溜まったエネルギーが出口を探す

  5. その出口が、強い言葉や、思わずやってしまう行動になって表に出る

「気づいたら怒鳴っていた」
「カッとして手が出そうになった」
「余計な一言を言ってしまった」

こういう瞬間は、
実は心の中でずっと前からエネルギーが溜まっていて、
それがあふれ出した結果なんです。

瞑想とは、この一連の流れを、
じっくり観察するトレーニングです。

「あ、今、嫌な気持ちが生まれたな」
「これがだんだん怒りに変わっていくな」
「あ、何か言い返したくなっているな」

───こうやって、自分の心の中で起きていることを、
まるで自分の心を別の場所から眺めるように、
気づいて、見つめていく。

これが、瞑想の中身です。

「気づく」だけで、なぜ変わるのか

「気づくだけ?それって意味あるの?」と思うかもしれません。

でも、これが思っている以上に大きいんです。

ここで一つ、シンプルなことを言います。

気づけないものには、支配される。

自分が今、
焦っていることに気づいていなければ、
焦りが判断を支配します。

自分が今、傷ついていることに気づいていなければ、
傷つきが言葉を支配します。

逆に言えば、「あ、今自分は反応してるな」と気づけた瞬間、
そこに少しだけ間(ま)が生まれます。

その間があるだけで、
「このまま出すか、ちょっと待つか」を選べるようになる。

不思議なことに、ただ眺めているだけで、
心のざわつきは少しずつ落ち着いていくんです。

「あ、今、私はイラッとしたな」
「この瞬間に、何か言い返したくなっているな」
「お、反応した、反応した」

───こんなふうに、自分の心を実況中継するようなイメージ。

たったこれだけのことで、心の波は少しずつ静まっていきます。

環境ではなく、自分の心の方を変える

何か嫌なことがあると、
私たちはつい周りの状況を変えようとしてしまいます。

「うるさい人がいるから離れたい」
「苦手な相手がいるから関わりたくない」
「嫌な音がするから消したい」

でも、現実の生活の中で、
すべての環境を自分好みに整えることはできません。
職場も、家族も、近所も、なかなか思い通りにはいかない。

そこで瞑想は、まったく違うアプローチを取ります。

周りを変えるのではなく、自分の心の受け止め方を変える。

外側の世界を自分に合わせるのではなく、内側の自分を整えていく。

これが、瞑想の本質です。

じゃあ、具体的に何をするの?

実践は、シンプルです。

「今ここ」に意識を向けること。

呼吸に集中する。
歩いているときの足の感覚に気づく。
ご飯を食べながら、その味をちゃんと感じる。

どれも、「今この瞬間」に意識を置くための練習です。

人の心は放っておくと、
過去のことを後悔したり、
まだ起きていない未来のことを心配したりと、
今ではないところに飛んでいきます。

マインドフルネスは、その心を「今」に戻す習慣のこと。

瞑想はその練習を座って行うものです。
たとえば、

  1. 楽な姿勢で座る

  2. 目を閉じる(または軽く伏せる)

  3. 呼吸だけに意識を向ける

  4. 雑念が浮かんでも、「あ、浮かんだな」と気づいて、また呼吸に戻す

この「また戻す」という動作こそ、気づく力を育てる練習そのものです。

雑念が浮かぶことは失敗じゃありません。
気づいて戻す、その繰り返しが、すでに練習になっています。

まとめ:瞑想は「心を静かにする技術」じゃない

ここまで読んでくれてありがとうございます。

まとめると、こうです。

  • 瞑想は「無になること」ではない

  • 自分の体と心に「気づく」ためのトレーニング

  • 体は車、心は運転手。心の使い方が上手くなると、人生はラクになる

  • 心の中の「刺激→反応→エネルギー→出口」という流れを、観察する練習

  • 環境ではなく、自分の心の受け止め方を変えていく

瞑想やマインドフルネスは、心を静かにするための技術ではありません。
自分の反応に気づき、自分で選んで動けるようになるための練習です。

「なんとなく気になっていた」という方の、
最初の一歩になれたら嬉しいです。

次の記事では、
この「気づく力」が育ってきたとき、
生活の中で具体的に何が変わっていくのか
───人間関係、仕事、自分自身との向き合い方まで、
もう少し深く書いていきます。

よかったら続けて読んでみてください。

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最後に少しだけ

この分野には、
私自身、長い時間とお金をかけて学んできました。
本も、講座も、実践も、それなりに重ねてきたつもりです。

その中で「これは、最初に知っておけたらきっと違ったな」と感じたことを、できるだけわかりやすい言葉で書きました。

少しでも、誰かの「最初の一歩」が軽くなりますように。


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<おまけ>|【エッセイ】より。
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