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ぼくはSF少女マンガを読む

 ぼくはSF少女マンガを読む。先日、ぼくは有隣堂グランデュオ蒲田店で早川書房の『S-Fマガジン』4月号を買った。「SF少女マンガ特集」号である。別にSFファンってわけじゃないし、ましてや少女マンガファンってわけでは全然ないぼくがどうして『S-Fマガジン』4月号を買ったのかというと、そこにはれっきとした理由ワケがある(大げさな……)

『S-Fマガジン』2025年4月号

 理由その①。「SF」と「少女マンガ」という組み合わせが意外な感じがして興味を持ったから。実際に『S-Fマガジン』4月号を買って長山靖生というひとの解説コラムを読んでみたら、「SF」と「少女マンガ」はつながりが深いジャンルだと分かったのだけど、「SF」にも「少女マンガ」にも詳しくないぼくとしては、この両者は水と油みたいな関係だと感じたのだ。それで、X(旧Twitter)でたまたま『S-Fマガジン』の宣伝ポストを見かけた時に、「SF少女マンガ? なんだそれ?」と興味を持ってしまったってわけである。

 筒井康隆の愛読者を自任しているぐらいだから、まあ、ぼくは「SF」にまったく触れてこなかったわけじゃない。でも、ぼくはそもそも筒井康隆の小説をSF小説として認識してこなかったし(「SF」というのはもっとこう……「星雲ギガメデの高次電子装置が超高速浮遊粒子を──」的な堅苦しいやつを指すのかと思ってきた)、大学1年生の時に大田区立図書館で借りて読んだ『フレドリック・ブラウンSF短編全集』にしても特に「SF」という印象は受けなかった。なんていうか、ただの「めちゃくちゃ面白いユーモア小説」としか思わなかった。「SF小説」とは感じなかったのである。

『フレッド・ブラウンSF短編全集〈1〉 星ねずみ』

 では「少女マンガ」のほうはどうかというと、大学2年生の時に堀切(放送研究会の同期)から某有名少女マンガの単行本を貸してもらうまで一切読んだことがなかった。堀切は少女マンガと裁縫が好きなジェンダーレス男子なんですよね(個人情報)。でも、貸してもらったはいいけど、ぼくはその某少女マンガに全然ハマらなかった。「なるほど、これが少女マンガってやつか」と思ってそれで終わりだった。

 理由その②。坂田靖子の作品が収録されているから。ぼくが坂田靖子のことを知ったのは『フレドリック・ブラウンSF短編全集』を読み終わったあとのことだ。たぶんフレドリック・ブラウンのことを調べていて知ったんだと思うんだけど、坂田靖子(と橋本多佳子と波津彬子)というひとがフレドリック・ブラウン作品をマンガ化した『フレドリック・ブラウンは二度死ぬ』という短編集を出していることを知った。ブックオフオンラインで調べてみたら中古の在庫があって、330円というそれほど高くない値段だった。

 店舗受取サービスを利用して購入して読んでみたら、「フレドリック・ブラウン作品をどうマンガ化したか」とかいう観点抜きに、これが一個の作品として面白かった。坂田靖子に興味が湧いたぼくは、今度は大田区立図書館(また出てきましたね)で坂田靖子の『マイルズ卿ものがたり』を借りて読んでみた。これまた面白い。っていうか、めちゃくちゃ好き。これは手元に置いておきたいと思い、ぼくはブックオフオンラインで『マイルズ卿ものがたり』、ついでに『坂田靖子 自選作品集』全2巻も買った。お前散財しすぎだろって言われそうだけど、いや、どれも110円(税込)とか165円(税込)とかなんでね……ぼくの経済レベルは推して知るべしです……

『マイルズ卿ものがたり』

 ただ、ぼくは坂田靖子のことを少女マンガ家だとは認識していなかった。ファーストインプレッションが『フレドリック・ブラウンは二度死ぬ』だったせいもあってか、「ユーモラスな作品を描くマンガ家」ぐらいにしか思っていなかったのだ。筒井康隆の愛読者のくせに筒井康隆を「SF作家」と認識せず、坂田靖子の愛読者のくせに坂田靖子を「少女マンガ家」と認識していなかった男、それがぼくなのである。

 理由その③。ピンク色の表紙がかわいいから。最後は本当にどうでもいい理由なんだけど、『S-Fマガジン』4月号の表紙は薄いピンク色である。ぼくは別にピンク色は好きじゃないはずだが(ぼくが好きな色は水色や紺色だったはずだ)、X(旧Twitter)でこのピンク色の表紙を見かけた時、ぼくは「うわぁ……かわいい……」と思ってしまった。中学校の家庭科で色彩の授業があった時、同じ班の女子から「(ぼくの下の名前)くんはピンクが似合うと思うよ」と言われたことも思い出した。もしかしたらぼくにとってピンク色はソウルカラー(なにそれ)なのかもしれない。

 ……えーと、なぜぼくが『S-Fマガジン』4月号を買ったかはどうでもいいですよね。肝心なのは中身の感想ですよね。はい。

 『S-Fマガジン』4月号には「SF少女マンガ」の昔の名作が3本、書き下ろし作品が3本収録されている。このうち、坂田靖子の作品は「昔の名作」部門の3本目だ。「坂田靖子の作品が載っているから」ということでこの雑誌を買ったとはいえ、そこは律儀な性格で知られるぼくのこと、「昔の名作」部門の1本目から読んでいった。1本目は萩尾はぎお望都もとというひとの「金曜の夜の集会」(初出:『S-Fマガジン』1980年11月増刊号)という作品だった。

 衝撃を受けた。読み終わってしばらく呆然とした。フィクションを読んでここまでショックを受けたのは、3年前にマヌエル・プイグの『蜘蛛女のキス』を読んで以来かもしれない。読み終わった日の次の日とその次の日も、ぼくは起床時と就寝時に「金曜の夜の集会」のことを思い出して、「とんでもないものを読んでしまったなあ」「あんなにもとんでもないマンガがこの世にはあったんだなあ」とやっぱり呆然とした。

 2本目の大島弓子「サマタイム」(初出:『別冊ララ』1984年9月号)も衝撃だった。SFなのに切ない。いや、SFだからこそ切ない。その切なさを伝えるメディアとして、「少女マンガ」という芸術様式が怖いほどピッタリとハマっている。「SF」と「少女マンガ」は水と油ではない。水と魚だ。いや、生き別れた双子だ。魂を分け合ったいとこだ。上手い喩えが思い浮かばないのでこのくだりは後回しだ。

 3本目の坂田靖子「ノスタルジー」(初出:『SFマガジン』1986年3月号)は、ぼくの知っているおなじみの坂田靖子の作品という感じで、コミカルでほのぼのしていて、心をかき乱される部分はなかったのでホッとした。やっぱり自分は坂田靖子のマンガが落ち着くな。坂田靖子作品大好き。……というわけで、「ノスタルジー」を読み終わったあと、ぼくはさっそく「ノスタルジー」が収録されている単行本『時間を我等に』の中古をブックオフオンラインでポチってしまいましたよ。数日後にブックオフJR蒲田店に到着するみたいなので受け取りに行きます。

『時間を我等に』

 でも、坂田靖子への親しみを確認したからこそ、ぼくは萩尾望都「金曜の夜の集会」と大島弓子「サマタイム」を読んで感じた新鮮な衝撃を思い出さずにはいられなかった。「SF少女マンガ」ってすごい。萩尾望都と大島弓子ってとんでもない。ぼくはもっと萩尾望都と大島弓子の作品を読みたい。いや、読まなければならない。読まねばならぬのだ……

 というわけで、ぼくは昨日、大田区立図書館(いつもお世話様です)で萩尾望都のSF短編集『A-A'』を借りてきて、いまの時点でとりあえず「A-A'」という作品と「4/4 カトルカース」という作品を読んだ。さすがに「金色の夜の集会」を読んだ時ほどじゃないけど、やっぱりその内容に衝撃を受けてしまって、ぼくは「萩尾望都ってすげえ作家だなあ」「とんでもねえ作家だなあ」と恐れおののいている。

 ぼくはSF少女マンガを読む。SFファンでも少女マンガファンでもないくせに『S-Fマガジン』の「SF少女マンガ特集」号を買って、読んで、萩尾望都と大島弓子の作品に出合って、それからまだ数日しか経っていないけど、ぼくはすっかり「新しい世界」に足を踏み入れた気になっている。いまのぼくなら堀切が以前貸してくれた某少女マンガの面白さも理解できるかな。いや、どうかな。それとこれとは話が別か。まあいい。とりあえずは萩尾望都だ。萩尾望都と大島弓子だ。ぼくは出合ってしまった。「SF少女マンガ」ってやつに。なんでかよく分からないけど出合ってしまった。

 萩尾望都は昔のマンガ家だが、単行本は版を重ねて現在も発売中のものが多いようだ。ということは、ぼくが知らなかっただけで実は萩尾望都は超有名マンガ家なのだろう。大田区立図書館からいま借りている『A-A'』を読み終わったら、ぼくはおそらく萩尾望都の別の本も読みたくなるに違いない。有隣堂グランデュオ蒲田店かくまざわ書店グランデュオ蒲田店へ萩尾望都の本を買いに行くに違いない。そうして買った本を読んで、noteに「ぼくは萩尾望都を読む」とかいうタイトルの記事を書くかどうかまでは分からない。ただ、書いてみてもいい気はしている。ぼくはもしかしたら新しい趣味を見つけたのかもしれない。

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