ぼくと彼女は蝶の道行を観に行く
ぼくと彼女は『蝶の道行』を観に行く。『蝶の道行』というのは歌舞伎舞踊の演目である。英語で言うと「ダンス」ということになる。この前、歌舞伎座『七月大歌舞伎』夜の部でこれが上演されたので、ぼくと彼女は仕事帰りに一幕見席(各部のうち一演目だけを観劇できるお手頃システム)を利用して観に行ってきた。
幕見席のチケットは前日の12時からネットで購入できる。今回もチケットの購入はぼくが担当した(させられた)。歌舞伎座の幕見席は普段なら当日の開演時間直前でも空席があって余裕で買えるんだけど、『蝶の道行』の幕見席に関しては毎日すぐに売り切れた。明らかに『国宝』効果である。映画『国宝』で歌舞伎に興味を持ったひとたちが、『蝶の道行』の助国(市川染五郎)と小牧(市川團子)を『国宝』の喜久雄(吉沢亮)と俊介(横浜流星)に重ね合わせて、「『蝶の道行』観に行きたい! 『国宝』の感動を追体験したい!」となっているのだ。絶対そうだ。
……とか言って、かくいうぼくらも例外ではないんですけどね。ぼくと由梨も6月に横浜ブルク13へ映画『国宝』を一緒に観に行って(バカみたいに混んでいた)、特に由梨はものすごく感動したみたいで、「また本物の歌舞伎を観に行こう!」という話になって、そういうわけでぼくらは歌舞伎座で7月にやる『蝶の道行』を会社帰りに観に行くことになったのである。
なぜ『蝶の道行』なのかというと、それは由梨が市川染五郎さんのファンだからだ。由梨は大学時代に放送サークルでアニメを作っていたということもあって、アニメ映画『サイダーのように言葉が湧き上がる』の声優として市川染五郎さんを知ったのだった。……いや、ぼくはもともと歌舞伎好きだから染五郎さんのことはとっくの昔から知ってましたけどね! ここでマウントをとってもしょうがないけど……
ただなあ。ぼくは歌舞伎は好きだけど舞踊はちょっと苦手なんだよなあ。退屈しちゃうっていうか。まあ、イヤホンガイドで解説を聴きながらなら楽しめなくはないかな……などと内心思いつつ(決して口には出さない)、ぼくは『蝶の道行』のチケット購入係を引き受けた。そしてその後、ぼくらは「『蝶の道行』の幕見席は連日すぐ売り切れるみたいだからもしチケット取れなかったらごめん」「前売を取れなかったら当日券に並ぼう」「当日券もダメだったら銀座でご飯だけ食べよう」ということで話がまとまった。
案の定、ぼくらが行く日も『蝶の道行』の前売チケットはすぐに売り切れたけど、まあ、ぼくは無事にチケットを2枚取ることができた。これはぼくが仕事そっちのけで午前11時57分頃からスマホ画面とにらめっこしていたおかげである。このnoteをお読みのみなさんには、日本にはこんな非常識な新卒1年目がいることをぜひ知ってほしい。まじめに働くことがバカバカしくなるはずだよ!(よくない)
さて、観劇当日。『蝶の道行』は午後7時55分頃開演予定だったので、ぼくらは午後7時25分に歌舞伎座前に集合と決めた。夕方に由梨から「仕事が長引いているので遅れる。開演時間には間に合うと思うが、もし間に合わなかったら一人で観劇してくれ」というLINEが届いたけど、ぼくは非常識ではあっても非人間ではない。「適当に時間潰してるからゆっくり来て」と返信して、由梨の到着を待った。ぼくって優しいね!
日が落ちてそんなに暑くなくなっていたので、由梨を待っているあいだ、歌舞伎座周辺を散策することにした。といっても、あんまり遠くまで行っちゃうと戻ってこれなくなりそうだから(注:ぼくは方向音痴です)、歌舞伎座の周りをぐるっと一周してみただけですけどね。思わぬ収穫だったのは、歩いている途中で歌舞伎座の楽屋口を発見したこと。昭和通り沿いのビルのガラス扉に大きな文字で「歌舞伎座 楽屋口」と書いてあったので、「え? こんなにオープンに開放してるの?」と少しびっくりした。ぼくがいつか歌舞伎の脚本を書いたらここから堂々と立ち入る資格を得るわけだな……
結局、由梨は開演15分前ぐらいに歌舞伎座の前に到着し、ぼくらは無事に合流した。ぼくは「なんだ全然間に合ったじゃん」とホッとしたが、ただ、由梨がだいぶ疲れている様子だったのは気になった。「間に合ってよかった。どこにいたの?」と話しかけてくる声はいつもの由梨だけど、顔がなんだかいつもの由梨じゃない。めちゃくちゃ疲労困憊している感じ。最初は「急いで来たから息が上がってるのかな」と思ったけど、どうやらそういうわけではないようなので、ぼくは何度も「大丈夫? 疲れてない? 疲れた顔してるけど大丈夫なの?」と確認してしまった。
幕見席専用入口からエレベーターに乗って歌舞伎座4階へ。由梨は「わたしはいらないや。20分で終わっちゃうみたいだし」と言うので、ぼくだけイヤホンガイド(500円)を借りて座席へ着く。……まあ、正確にはトイレに行ったり、ロビーで『蝶の道行』のポスターを撮ったりもしたんですけど、さすがにそこまで細かいことは書かなくていいですね?

『蝶の道行』は死んだ男女が主人公の舞踊だ。助国と小牧は生前愛し合うカップルだったが、『ロミオとジュリエット』的なお家の事情で引き離されて殺された。その後、死んだはずの二人が蝶になってこの世に現れる。この世に現れて、「生まれ変わってもまためぐり合いましょう。今度こそは二人で幸せに暮らしましょう」と妄想を繰り広げる。その様子を踊りで描いたのが『蝶の道行』という演目である。
『蝶の道行』は上演時間は25分程度だったけど、見せ場がいくつもあって濃密な舞踊劇だった。背景の絵が「初春」バージョンに変わったり「秋の七草」バージョンに変わったり、照明が明るくなったり暗くなったり。小さな坂道みたいなセットも芝居の中で活かされていた(「なんでこんなところにポツンと坂道が?」的な不自然さはあったけど)。
イヤホンガイドは借りて大正解だった。というのも、『蝶の道行』は俳優による台詞が一切なくて、間に挟まるのは義太夫の歌だけだからだ。ぼくみたいな人間は現代人の解説がないとなにがなんだか分からない。その点、イヤホンガイドは「この場面は助国と小牧が『生まれ変わって再会したら一緒に暮らしましょう』と妄想している場面なんですよ」「『生まれ変わったらおうちでお料理しましょう』とおままごとしている場面なんですよ」といった解説をタイミングよく入れてくれるからありがたいんだよな(ぼくはイヤホンガイドの回し者じゃないぞ!)
イヤホンガイドのおかげでもあってぼくは『蝶の道行』を楽しんだけど、ただ、100%の全意識を観劇に集中させることはできなかった。隣にいる由梨の体調が本当に大丈夫なのか心配だったからだ。念のため言っておくと(?)、これはぼくが優しい彼氏だからじゃない。隣にいる由梨がぼくの知っている由梨じゃないような気がして、そのことにぼくは──他ならぬぼく自身が不気味さを感じていたからである。
約25分間の舞踊の末、『蝶の道行』は余韻を残しつつもスパッと終わる。チョンチョンと柝が打たれ、タタタッと緞帳が下がっておしまい。ぼくは歌舞伎のこのさっぱりした感じが好きだ。「はい、終わりましたよ。グダグダしないでさっさと出ましょ」「現実世界に戻りましょ」的な。いや、ミュージカルのカーテンコールもあれはあれで素晴らしいけどさ。でも、ぼくは歌舞伎のこのさっぱりした幕引きが好きだ。
イヤホンガイドの機器を返却し、エレベーターの隣の階段で地上1階へ降りる。「あっという間に終わったね。美しかったねえ」と感想を言ってくる由梨がいつもの由梨の感じなのでホッとする。やっぱりさっきは急いで来たから疲れていただけだったのかな。もしくは『蝶の道行』を観て疲れが吹っ飛んだのか。だとしたら染團コンビはすごい。
さあ、晩ご飯だあ。もう8時半なので夜の銀座をウロウロするのはあきらめて、有楽町駅まで歩いて、交通会館の地下1階のマイアミガーデン(イタリアン系レストラン)に行こうということになった。歩きながら、ぼくらは『蝶の道行』の感想を言い合った。「初めて見たけど團子さんは本当にきれいだったね」とか「途中の海老反りすごかったね」とか。ぼくもイヤホンガイドで得た情報を由梨に教えてあげたりした。このnoteを書いているいまとなってはほとんど忘れちゃったんだけど。
マイアミガーデンでパスタを食べながらも感想を言い合った。「『来世のことを妄想したから地獄行き』って決めた仏はロクでもねえ仏だよな」とか「結末が分かりやすいハッピーエンドじゃないのが深いよね」とか。ぼくが「来世を妄想するくだりが個性的だった。普通なら『二人が出会う』→『二人で暮らす』の順番で妄想を描くと思うけど、この芝居では逆の順番で妄想を描いているのが面白い」という話をしたら、由梨から真顔で「やっぱり(ぼくの下の名前)くんは劇作家になるべきだよ。とにかく台本は書き続けるべき」と言われた。
まあ、由梨の言うことは分からなくはない。ぼく自身、「ぼくは会社員なんてやってる場合じゃないのだ」と思うことはたまにある。さっさとプロの脚本家にならなくちゃって。ただ、これは私事なんですが、最近ようやく仕事に慣れてきて、会社員としての仕事に愛着を持ってきちゃったりしてるんですよね。いや、しょっちゅうミスしてるし、「仕事が楽しい」って境地には至ってないけど。そもそもぼく、物事に楽しさを見出すことなんてまずないですし。このnoteだって別に楽しくて書いているわけじゃありません!
なんかもうちょっと食べたいねということでピザも追加注文して、ぼくらは引き続き歌舞伎のことや仕事のことを語り合った。由梨はここしばらく本当に忙しそうだった。ぼくと同じ新卒1年目なのに、傍からうかがっていて気の毒になるぐらい忙しそうだった。でも、毎週日曜に会うとき、由梨の表情とか態度とか全体的な雰囲気は学生時代から知っている「いつもの由梨」のままだったから、ぼくはそんなには心配していなかった。っていうか、「そんなに忙しくてもへっちゃらなんだから由梨はやっぱり体力があるよなあ」ぐらいにしか思っていなかった。
考えてみたら、社会人になって、ぼくが仕事帰りの由梨に会うのはこの日が初めてだった。この3か月ちょっと、ぼくは「休日の由梨」にしか会っていない。だからぼくは知らなかったのだ。仕事帰りの由梨がいつもどれだけ疲れているのかを。どれだけ疲労困憊しているのかを。だからぼくはこの日、午後7時40分頃、歌舞伎座の前に現れた仕事帰りの由梨の疲れた表情を見てショックを受けたのだ。「いつもの由梨」じゃないって。ぼくの知っている由梨じゃないって。
ぼくと彼女は『蝶の道行』を観に行く。結局、マイアミガーデン有楽町店でパスタとピザを食べている時、いや、歌舞伎座4階の幕見席で『蝶の道行』を観ている時点ですでに、由梨はぼくの知っている「いつもの由梨」になっていた。もはや疲れている様子ではなかった。その後も休日に由梨と何度か会っているけど、やっぱり由梨は「いつもの由梨」で、ぼくが学生時代から知っている元気で明るい由梨のままだ。
だから、この一件から何か教訓を見つけるとしたら、「仕事帰りの社会人は想像以上に疲れて見える」ということでしょうかね……。いつも元気なひと(由梨)を基準にして比較するとそのことがよく分かる。ってことは、ぼくも仕事帰りには周りから「疲れているひと」っぽく見えているのかなあ。なんかいやだなあ……。でもまあ、どうやら歌舞伎を観たら疲れが吹っ飛ぶらしいから大丈夫か。実際、由梨は『蝶の道行』を観てすっかり元気な感じになっていたしね。ただ、もしかすると、由梨の疲れが吹っ飛んだのは歌舞伎を観たからというよりぼくに会えたからなんじゃないかと思ったりもするんですが、ええと、ぼくだってたまには冗談を言うのです!
