「古家あり土地売り」で、「ないもの」にされる建物への違和感
住宅ローン問題支援ネット の高橋愛子です。
子どもの頃から「家」というものに対するコンプレックスが強かった私は、将来、「住」に関わる仕事をしたいとずっと考えており、大学卒業後、渋谷にある賃貸不動産仲介会社に就職しました。
その不動産会社は、風呂なし物件などの古く安いアパートを数多く取り扱っていて、全国から「少しでも家賃の安い部屋を」と求めて上京してくるお客様が、毎日のように来店されていました。
原点は賃貸仲介の仕事時代に
私のコンプレックスは、自分が「●●荘」という古くて狭いアパートで育ったことからきていました。ですが、夢を追いかけるために、私が住んでいたアパート以上に古く、風呂もない4.5畳一間の部屋を選んで東京へ出てくるような若者たちを接客するうちに、自分の中の“貧乏コンプレックス”が、なんだかとても恥ずかしいことだと思うようになったんですね。
夢をかなえるために上京してくる彼ら、彼女らの人生のスタートを支える。そんな賃貸仲介の仕事は本当に楽しく、「自分は一生、不動産の仕事に携わっていきたい」と強く思うようになりました。
また、古い物件を所有されている大家さんたちも、単に「古い建物」として持っているわけではなく、そこにはたいてい、先祖代々受け継いできた建物を、大切な思い出や歴史とともに守っているという意識がありました。
不動産会社を通じて出会ったお客様たちは、皆さん本当に家に愛着を持っていて、事情があってどうしても手放さなければならない時には、涙ながらに家族の思い出話を聞かせてくださることも少なくありませんでした。
思えば、今の自分の「家」に対する考え方の原点は、この頃に少しずつ形づくられていったのかもしれません。
解体して更地にし、用途はあくまでも土地として
ところで不動産業界ではよく、「古家あり土地売り」という言葉を使います。不動産仲介の店舗には、賃貸や売買物件のチラシが貼ってありますが、その「売地」コーナーのものを見ると、「引渡」の欄に「現況・古家あり(現況引渡)」などと書かれている、あれのことですね。
「古家あり土地売り」。この記載の意味するところは、「その敷地には、現状、売主の家が建っている。ただしその家は、買主がそのまま引き継いで使わねばならないということではなく、“解体して更地にし、あくまでも土地として使う”ことを前提にした販売である」ということ。そのためチラシには、「建築条件付き売地ではありません」「お好きなハウスメーカーで建築できます」といった文言も書き添えてあることが多いと思います。
市場に出た途端に無価値と仕分けられる違和感
もちろん、実務上はそういった表現が必要なことは理解していますし、建物の耐震性、修繕コスト、再建築や収益性などを鑑みると、市場ではどうしても「土地の価値」のほうが中心になるケースが多くなります。それはわかる。
でも、私はこの事務的な表現に時折、少しの違和感を覚えることがあるのです。
目的は土地の売買。ただ、その場所にはまだ、「誰かが何十年と暮らしてきた家」が建っています。家には、子どもの成長を見てきた柱や、家族で囲んだ食卓、「いってきます」「いってらっしゃい」「ただいま」「おかえり」を毎日聞いていた玄関がある。風雨に耐えながら長い間家族を守ってきた建物が、市場に出た途端、一瞬にして「古家」「価値なし」「解体前提」と仕分けられてしまう。そこに、どうにも素直になれない自分がいるんですね。
「大切に長く暮らしてきました」
先日手がけた仕事で、この「古家あり土地売り」の案件がありました。
「古家」にもいろいろあって、長期間住まずに放置されていたことで屋根や壁がすでに崩れ落ちているような物件もあれば、躯体がボロボロで近づくのも危ない物件もある。反対に、まだ居住者の体温と気配が残る、売主が越したばかりの物件、近々越す予定でまだ家が呼吸している物件など、さまざまです。
手がける案件の「古家」の現況確認のため、まだ売主さんが居住しているお宅にうかがいました。築年数こそ35年近く経っている、見た目には古びた物件ですが、とても丁寧に、大切に住んでこられたのだと思います。家の中はレトロな、いい意味での味わいをまとっており、艶やかな柱や床、階段の手すり、経年で色が濃くなった和室の畳、物は多いけれど調和のとれたリビング。小さな庭には、きっと建築当時に植えたと思われるモミジが木陰を作っています。
「古びた」「ぼろ家」ではなく、「レトロ」、「ビンテージ」という言葉が合うような物件です。思わず「いいお宅ですね…」とつぶやくと、売主の方が「母が大切に直しながら長く暮らしてきました。本当は手放さずにこのまま住み続けたいです」と、感慨深そうに、でも少しうれしそうにおっしゃいました。
提案の工夫で「一人の賛同者」が見つかることも
私は、こういった相談を受けた時には、室内を見たうえで、リノベーション戸建ての提案も併せてすることがあります。その土地や建物の雰囲気からコンセプトを決めてプランニングし、提携している建築士さんやインテリアコーディネーターさんにも相談したうえでメージプランを作成し、提案する、という方法です。
売地というだけではなかなか買手がつかなかった物件でも、見方を変えた提案をすることで、よい買主が見つかることも実際にあるのです。市場では価値がないとされていても、別の誰かにとっては「壊すには惜しい」と感じる家もある。賛同してくれる人が一人見つかればいい。
古い建物が持つ、時間が作り上げた空気感や温かさは、新築の家には出せない特別なものです。
家を買う、建てる際に何を重視するのか
昭和56(1981)年5月31日までに建築確認(行政などによる、建築計画が建築基準法に則っているかのチェック)を受けた建物は「旧耐震」、同年6月1日以降に受けたものは「新耐震」と呼ばれます。購入を検討している物件がどちらの耐震基準に該当するかは、重要な確認事項のひとつです。また、制度面でいえば、たとえばZEH(ゼッチ)住宅(ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス)といった考え方もあります。これは建設やリフォームの際に省エネ基準を達成することで、国からの補助金や住宅ローン減税などの優遇措置を受けられるというものです。
家を買う、建てる際にはさまざまな基準や制度が存在しますから、どれを重視するかは、最終的にはその人の価値観次第です。新築にこだわる考え方もあれば、古い建物のほうが価値を持つことの多い海外の文化にならい、古家を自分のイメージ通りにリノベーションして暮らすという選択肢もあります。もちろん、それは価値観と物件のポテンシャルが合致して初めて実現する話ではありますが、ひとつの魅力ある選択肢には違いないと思います。
家は、誰かの人生の器だったもの
不動産業は、数字だけを扱う仕事ではありません。「家」とは、誰かの人生の器であったもの。その場所と記憶を、次の誰かへと繋げていく仕事でもあります。
だからこそ私は、売地にひっそりと佇む建物を「古家」という一言で片付けることなく、そこに積み重なってきた時間や担われてきた役割に思いを馳せる想像力を持っていたい。そして、「役目を終えた建物」に対して少しの敬意を持つことも、忘れずにいたいと思っています。
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