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#noteのつづけ方って精神論や技術論じゃなくて、書かざるを得ないから書き続けているだけだよね。

こんにちは、しちゃうおじさん(以下「しちゃおじ」)です。

noteのお題企画(ずっと募集中)に「#noteのつづけ方」があって、2025年1月20日現在で41,578件の投稿がある人気タグだから、皆さんそれぞれにnoteの続け方があるみたい。

「しちゃおじ」個人的には、『義務じゃないんだからnoteの続け方って必要?』と疑問に思うし、noteの続け方に意識が向いてしまっている時点で、もう長くは続かないような気がします。

過去に「#noteのつづけ方」のイベントが開催されていたらしく、そのイベントの参加者さんが書かれたレポートが大変に参考になりました。

各参加者さんの「#noteのつづけ方」の気づきや工夫は、だいたい以下のような感じですね!

・書くテーマは絞らずに、書きたいことを書く。
・他人の記事や読み手のことを考え過ぎず書く。
・気負わず、力まず、自分流で書く。
・考えたこと、思ったことを自分の言葉で書く。
・何を書くか、よりも、何か書く。

どれも『ふむふむ』と納得・共感できるものばかりですが、既にnoteを退会してしまっていたり、長期間に渡って記事の更新が滞ってしまっているクリエイターさんも多いのが現実になっています。

つまり「#noteのつづけ方」には、こういった精神論も技術論もないことがわかります。

「しちゃおじ」自身は、なんだかんだで3年と10ヶ月ほどnoteを続けていますが、仮に人生が順風満帆であったなら、そもそもnoteなんてやってなかっただろうし、この3年10ヶ月の間に他のことで成功していたら、noteなんてとっくに放り投げていた気がします。

人生が幸福に満ち溢れていたとしたら、noteを書いて大切な時間を消費しませんよね?

毎日投稿など頻繁な更新をされているクリエイターさんを拝見していると、「#noteのつづけ方」なんてお題とは無縁で、単に書かざるを得ないから書き続けている衝動を感じることがあります。

まるで、書くこと自体が目的であり、創作活動(自己表現)が生きがいや幸福であるかのようですが、「しちゃおじ」自身もこのような感覚をなんとなく理解できるようになってきました。

最近ではnoteの更新が滞って実質的な退場状態であっても、『なんでやめちゃうの?』ではなく、『きっと人生におけるnoteの必要性がなくなったんだな』と思うようにもなりました。

「#noteのつづけ方」なんてどこを探してもなくて、「書かざるを得ないから書き続けている人」と、「書く必要性がなくなったから離脱している人」がいるだけなんですよね。

「しちゃおじ」がnoteをやめるときが来るとしたら、人生の何もかもが順風満帆になって、表面的な幸福を通り越して、煩悩から解脱してnoteの存在自体を忘れたときかも知れません。

「noteが続かない」って悩むことではなくて、他に優先的にやるべきこと・やりたいことができたのでしょうから無理に続ける必要はないのです。

人はそれぞれに何かしらの理由を抱えていて、書き続ける人はやめろと言ってもしつこく書き続けますし、一部のクリエイターさんは意地でも成果を出して、現状を打破していきます。

それは、一時的なアイデアや感情の起伏に頼るものではなく、人生の根底に流れているエネルギーがそうさせます。

これからの時代にしぶとく生き残るのは、「#noteのつづけ方」を模索しているような人ではなく、書かざるを得ないから書き続けている人ですよ。

以上 – #noteのつづけ方って精神論や技術論じゃなくて、書かざるを得ないから書き続けているだけだよね。– でした。

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