No.17 百見は一聞に如かず

 今年もあと一週間で終わりである. 今年は正直まだ年が明けていない気がさえするのに(正確にはコロナから時が止まってしまったような感じがしている), もう終わろうとしている状況に非常に戸惑っている. 

 そんな年だったのだが, 昨年に引き続き, リモート関連の出来事が非常に多かった. その影響か, かなり久しぶりに人の話を色々と聞く機会が多かったと思う. この「色々」というのは本当に「色々」で, それこそYouTubeの解説動画系の話を作業をしながら音だけ軽く聞き流したり, 逆に一週間かけてノートを取りながらじっくりと話を聴いたりすることもあった. 

 若い頃でもこういうことはあったし, できたとは思うが, 昔より今年はその質, 量共に圧倒的に大きかった. で, 昔は割とそういうのは苦手だった. 基本的に人の話というのは聞いてもよくわからないことが多かったからである. そして聞いてもわからないから, 結局自分で調べたり, 勉強したりする方が手っ取り早く, そういう事情もあって人の話を聞くことに労力を割くのが億劫だった時期がある. 今から10年前くらいは正にその真っ盛りで, 生来の引きこもり気質と相まって, 人の話を聞くこと自体必要最低限以外は避けていたようにも思う. 

 30を過ぎたあたりからその傾向が段々と変わって来たのだが, コロナ禍でオンライン環境の爆発的普及により, 非常に手軽に色々な人の話を聞くことができるようになった. 昨年, 今年のこうした流れが大きな契機となって, それこそ10年前の私では考えられないほど大量に人の話を聞くようになった. 

 こうした活動を積極的に行うようになったのは, そうした環境の変化の要因もあるのだが, それ以上に

人の話を聞いて話がわかるようになった

ということが非常に大きい. これは恐らく昔よりも色々賢くなって, 話の内容も, そもそもの人の話の聞き方も以前よりもずっとわかるようになったからだと思う. 

 更に驚くべきことに, 昔とは全く逆に, 自分で調べたり, 勉強したりするよりも人の話を聞いた方がずっと手っ取り早くよくわかるようになった. 正確には人の話を聞いた後で自分で調べたり, 勉強したりすると遥かによくわかり, 効率が信じられないほどよくなったのである. それこそ極端なことをいえば

百見は一聞に如かず

ぐらいの差を体感した. 

 人の話の聞き方のコツは, 全てを理解しようとするのではなく

1)話のわかる部分とわからない部分を分ける
2)わからない部分は一旦無視して, わかる部分で重要な情報を抜き取る
3)抜き取った重要な情報と関連する項目を(ここはわからない部分も含めて)リンクづける

この3stepsをすることで, 実際これで十分である. 十分というか, 人の話を聞いた後で自分で「色々使える形」になっている. 何でもないようだが, この「色々使える形」というのが重要で, これが一人でやる時には掴むのが難しいkeyであり, 人の話を聞く方が物事が色々とはやくなった(百見は一聞に如かず)最大の要因なのである. 

 一応10年前の私の名誉のために言っておくが, 10年前はこれが頑張ってもできなかった. 人の話を聞くのは正に「10年早かった」のだ. 他方でこれは単に歳を取ったからできるようになったというわけではなく, 恐らく10年以上の修行や実戦を経て, 腕が上がった成果だと思うので10年以上前からの私の活動が無駄だったわけではなかったと信じたい. 

 そんなわけで「何の成果も得られなかった」と思い込んでいた(それどころか本当に年は明けていたのだろうかさえ疑問だった)今年だが, こうして振り返ってみると「百見は一聞に如かず」という戦略レベルの面白い発見, 気付きがあったと思う. この傾向は来年以降も続いていきそうで, そういう意味では今後の展望もそんなに悪くない(存外面白くなっていく)気はしている. 

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