高市人気は、日本国民の低い知的水準に支えられている/教養の軽視という愚民化教育の成功
日本が築いてきた信頼も石油備蓄も手放し、一部の国民しか望んでいない改憲に突っ走る高市政権。国民にも国益にも無関心であることが、誰の目にも明らかになっている。
韓国は備蓄の放出せずに消費抑制を呼びかけた上、カザフスタンの石油をロシア経由で入手することに成功。国のために真面目に働く政府の姿を目の当たりにして、情けない思いをしているのは私だけではないだろう。
のみならず、防衛省がイスラエルの監視システムを導入しようとしていることも明らかになった。あらゆる個人情報を抜き取る、恐ろしい仕組みである。これで「スパイ防止法は市民を監視しない」と言われても信じられない。すでに自衛隊がデモ参加者を監視していた事実もある。
高市政権は本当の危機に向き合わず、あるいは向き合えず、世界情勢から背を向けて自分がやりたいことだけをやっている。能力が追いついていないことは明らかだ。高市首相は中東問題を全く知らなかったし、今でもわかっていない。
おまけに気性に難があり、人間関係をマウント取りとみなしている。強いか弱いか、上か下かでしか相手を見ない。トランプ大統領には隷従としか言いようのない態度を取るが、野党の質問は小馬鹿にする。
閣内でも働き者の赤沢大臣には、しばしば人前で恥をかかせる。見るからにおとなしいからだろう。恐るべき品性下劣さだ。こういう言い方は好きではないが、お里が知れるとはこのことだ。
記者会見や答弁を少し聞けばわかるが、石油問題について具体的には何もしていない。やった感を出しているだけだ。それでも支持率は高い。
自衛隊の歌姫が私服で自民党大会に来て、わざわざ制服に着替えて君が代を歌うという政治行為を行なっても、「何が悪いの?カッコよかったジャン」という人間がたくさんいる。
こういう大人の考えを変えるのは難しい。マウント取りではない対等な関係を築き、穏やかに話し合いをし、自国の歴史と文化を理解し、異文化にも想像力を巡らして未来について考える。そういう人間になるには、子どもの頃の環境や教育が大事だ。
だが90年代以降、日本の教育現場は歴史修正主義と新自由主義に振り回されてきた。一部のエリートが輩出すれば、あとは言いなりになる人間でいいという格差教育だ。もう30年近くこの路線だから、教養への忌避感が広がっている。社会の空気が高市首相に親和的なのだ。
加えてSNSの普及で万能感を得た上、ショート動画やAIの普及で、読み書きも考えることも嫌がられるようになった。知性を育てよう、自分の知的水準を上げようという意欲もない。それが当たり前になり「何が悪い」と開き直っている。
高市首相の滑舌の悪さと態度の悪さ、中身のない話、それでいて軽いという在り方は、今の日本にピッタリだ。品性下劣であればるほど支持される。「高尚な話や、反省するような高尚な人間は嫌い」なのである。
別に高尚でなくても、普通程度の常識や知性を持ってくれればいいのだが、それが嫌われるのではどうしようもない。高市首相の支持率が高いのは、実際には日本を壊しているのに気づかないだけでなく、ああいう人間が好かれるという土壌なくしては成り立たない。
