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カーテンコール中毒

 読めない字があってもGoogleレンズを当てれば意味も読み方も例文もすぐに出てくる。何でもスマホに頼ればよくなった。予備知識なしで映画館の暗闇に座っているときのひとり丸腰でジャングルを歩いている感はどうしたものだろう。見覚えのある俳優が出てくる。知っているはずなのに名前が出てこない。自分の部屋なら停止して検索できるのに。アノ人だよほらあの人。削がれた集中力に追い打ちをかけるように歌が始まる。この曲は! あれだよあれ。鑑賞し終わって出てくる頃にはストレスで満身創痍、もはや指を動かそうにも記憶も残っていない。

 秋は映画と宣言して映画館に出かけてみた。目当てがあったわけでなく行き当たりばったりに見たのが『ファンファーレ・ふたつの音』。始まるなり発作に襲われた。スマホ禁断症状だ。内容に触れかつ独自解釈をすると主人公が指揮していた曲はベートーヴェン「エグモント」。実在の英雄をゲーテが戯曲化したものの序曲で、圧政に反抗してし死罪になるドイツの佐倉惣五郎のような人物らしい。そして海辺のシーン。兄はそれまで黙っていた事実を弟に打ち明けフレーズを口ずさむ。フランス人には馴染み深い歌だ。逆に言えばわかる人にしかわからない。哀愁を帯びたメロディはシャルル・アズナブールの「世界の果て」。2018年の本人の国葬で流れた曲だそうだ。選曲がじわじわとある結末に向かって収束していくのだが、ほっこりとか前向きなとかの流れに行きがちな数々の同類作がうまくミスリードされた挙句にハッピーエンドと見紛う着地点。
「花束はやめてくれ。葬式じゃないんだから」みんなが来てくれた。終着駅がローマでも途中で出会えて良かった。

 フランスは芸術の都だ。生まれ育った土地にいたのでは実現できなかった夢だって叶えられる。フランス発祥の歴史に名を残す名曲。検索すれば用いられた作曲家歌手らは外国人か移民。ベートーヴェンのドイツ人をはじめとしてアズナブールはトルコ系だしダリダはエジプト人だしラベルはフランス人でもボレロは元々スペインの舞踊だ。移民すごい。引きつけて才能を開花させるフランスも。

 カーテンコールからの流れに涙が溢れた。スマホ! スマホ!


906字


オーバーしました。映画感想文を書きかけたところにピッタリのお題が流れてきて、

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