ムスコと文房具とひつじ
息子が文房具にハマった。
中学生一年生になり、自分の意思で塾に通い出したり、生徒会に立候補したり、親の想像をはるかに超え、凄い勢いで成長をしている中、ある日突然文房具沼にハマった。
かくいう私も学生時代は文房具大好きっ子。
今は無き地域の子どもが集う文房具屋兼ファンシーショップの「トムトム」に頻繁に出入りし、新年度が始まるたびに、筆箱やシャーペン、消しゴムを同じキャラクターで揃えていた。
昔は各地域に子供の溜まり場として、駄菓子屋、文房具屋があったが、今はコンビニやショッピングモールの攻勢により、すっかりとその姿が消えてしまった。
かみつきばあちゃんを当てるために、何本もシャー芯を買ったのが、今となっては良い思い出だ。
話は戻り、息子の誕生日が近づいており、プレゼントの打診が来た。
「筆箱が欲しい。」
とのリクエストにより、近くのイトーヨーカドー内のロフトに行くこととした。
息子にとってイトーヨーカドーがおもちゃを眺めたり、ゲーセンでUFOキャッチャーをやる場所から、文房具を買う場所に変わったという点でも成長著しい。
事前にリサーチもしていたらしく、売り場では迷うことなく、自らが欲する筆箱を選んで、私の前に持ってきた。
なんて事ない、黒い布の筆箱。
中が3層くらいになっており、ペン類が一本づつ収納できるようにはなっているが、外見は可も不可もなく、何度もいうが、ただの黒い布の筆箱だ。
だがしかし、値札を見ると、お値段まさかの税込4378円。
「えっ。」
声には出さなかったが、確実に頭の中が驚きで一杯になった。
そして頭の中の驚きが、戸惑いとして、雰囲気や身体の振る舞いに何かしらの変化を与えたのだろう。
それを察知した息子が、申し訳なさそうに、「いいかなぁ?」と聞いてきた。
「違うんだ、息子よ。パパはお金が惜しいわけじゃない。このただの黒い筆箱がこの値段という事にちょっとびっくりしただけだ。君だって小学生の時持ってただろう?キャラクターが描いてある両面で、ボタンを押すと鉛筆削りや消しゴムがポンっと出てくる筆箱を。あれだって、そこそこの値段はするが、この半分以下じゃないか。」
と言おうとしたが、ただのカッコ悪い言い訳以外の何ものでもないし、息子が前日からリサーチして決めた物にケチをつけることに気付き、ニコッと大人の笑顔で、「大丈夫だよ。誕生日だろ。」
と伝えた。
息子はもうちょっと色々見たいと言い、今度はペン類がひしめき合う売り場へ移動していった。
さて、ギリギリ親の威厳は護ったが、まだ納得いってない自分がいる。
既に四度目となるが、本当にただの黒い布の筆箱なのだ。
私は息子の目を少し気にしながら、筆箱売り場へと足を進めた。
売り場には沢山の筆箱が壁一面に吊り下げられて陳列されていた。
その数多くある筆箱の中でも、ただの黒い布の筆箱は、一番人の目線に近いところに陳列がされている辺り、確かに人気なんだろう。
そしてふと横を見ると、同じ物で色違いがあり、その中でカーボン柄があった。
漢はいくつだってカーボン柄には目がないはずだ。それなのに、何故息子はただの黒い布の筆箱を選んだのか。
おそらく値段のせいか。カーボン柄は何かと高付加価値に見合った値付けがされている。
しかし、値札を確認するとただの黒い布の筆箱と、カーボン柄の高付加価値の筆箱の値段は同じだった。
すかさずカーボン柄の筆箱を手に取り、息子のところへ向かった。
「ねぇ、カーボン柄があったよ。これ、カッコよくない?」と言うと、少しだけ目線を向けて、
「あぁ、知ってる。」
と言ってきた。
知ってるか、知らないかは聞いてない。
私は、カーボン柄は男の勲章であり、こちらの方が良いのではないかと言う事をプレゼンしたいのだ。
しかし息子は全く興味を示さない。
そして、勘の良い私は気付いた。
「知ってる。」は「知ってるし、いらない。」の略なのだ。
その意味に気付き、とぼとぼと筆箱売り場に戻り、そっとカーボン柄の筆箱を戻そうとした。
その時、初めて商品札に目が入った。
思わず、目を見開いて確認した。
「サマンサタバサ!?」
どうやら、このただの黒い布の筆箱は、かつて女子バッグ界でその名を轟かせたサマンサタバサが企画販売を行なっているようだ。
サマンサタバサといえば、キラキラ、ブリブリなイメージだし、男性向けのサマンサキングスも男らしいブランドイメージだった。
そんなサマンサタバサが、ただの黒い布の筆箱を作っているとは。
なるほど、これが関連多角化というやつか。
昔はサマンサタバサのCMやショップを多く見かけたが、最近は影を潜めており、ブランドの勢いはかなり落ちていると認識していた。
スマホで調べると、業績もあまり良く無いらしい。
そのような背景があり、恐らく関連多角化で、このただの黒い布の筆箱を作ったのだ。
あらためて商品札を見てみると、
文房具YouTuber◯◯監修
とも書いてあった。
モデルやインフルエンサーを活かしたマーケティングもサマンサタバサは得意そうだ。
布製品の企画販売とモデルやインフルエンサーを活用したマーケティングが得意な強みを活かして、中学生の異常なまでの文房具熱という外部環境に対して、高付加価値で高単価な商品を売る戦略なわけだ。
そう考えると、このただの黒い布の筆箱はたくさんのサマンサタバサの社員の想いが詰まったとんでもない筆箱ではないのかと思い、そんな筆箱を選んだ息子を遠い目で見つめ、更なる成長と活躍をムスコとサマンサタバサへ向けて願わずにはいられない気持ちになった。
ムスコの成長とサマンサタバサの企業努力に敬意を表しつつ、レジで4378円の支払いを済ませた。
「ありがとうございます。」
店員さんから、息子が嬉しそうに受け取っている姿を見て、なんだか羨ましく思った。
そしてそれは、さっき棚に戻したカーボン柄の筆箱が私の脳裏から離れていない証拠だった。
「やるな、サマンサタバサ。」
いつかムスコとお揃いのサマンサタバサのカーボン柄の筆箱をこっそり買おうと固く心に誓ったひつじであった。
