ややこしい人たちに突入できる才能
自分にはどんな才能があるのだろう?
思春期あたりから、老後に突入するまで、ずっと頭を悩まし続ける命題である。
就職活動を始めるにあたり、履歴書の自己PR文を書くために、自己分析を強いられた経験を皆さんもお持ちかと思う。
自己分析とは、自分の才能とは何かを言語化する作業のことである。
ところが、まだ人生経験の浅い学生では、周囲の人と比べて秀でた才能が見つけられる方が稀だと思う。
秀でた才能が見当たらないと、言語化もできないし、履歴書の自己PRも書くことはできない。
しかし、企業はそんな能力に大差のない学生たちに、急にお前の才能を示せと要求してくるわけである。
「好きこそ物の上手なれ」という言葉があるように、好きなことは一生懸命取り組むから、結果的に秀でた力を身につけることができるとされる。
なので、自分の好きなことを得意だとすれば良いのだが、ここで重要なのは、「好き」の対象がアイドルだったり、マンガだったり、お菓子だったりしても、それは意味がないということだ。
好きの対象は、名詞ではなく、動詞でなくてはならない。
走るのが好き、人とコミュニーションを取るのが好き、表にまとめるのが好き、数学の問題を解くのが好き・・・。
そういった動詞に目を向けることで、得意なものが見えてくることがある。
さて、50歳にもなったおじさんでも、自分の才能は何だろうと、日々悩んだりする。いまだ自己分析の途上なのだ。
漫画を読んでいると、サッカーの才能、美術の才能、喧嘩の才能など、登場人物たちのわかりやすい才能が描かれるが、現実世界の私たちはそうはいかない。
もっと抽象度の高い、とても言語化の難しい、それでいて本当に人と比べて秀でているかわからない才能を、自分の才能だと言い切っている人も多いはずだ。
実際に、僕は人を巻き込むのが得意です、なんて人がいる。でも、それってうまく数値化できないので、本当にそうなのか証明ができない。
巻き込むのが得意なのではなく、巻き込まれやすい体質だった、なんてオチが付く可能性だってある。
したがって、僕は、表立って○○の才能があると胸を張ることができないのだが、本日、とある取引先の方から、こんなことを言われてハッとした。
それは、「〇〇さんは、物怖じしないで、ややこしい人たちの中に入っていけますね。これは才能だと思います」ということだった。
一文では収まらない才能なので、これを才能としていいのか問題はあるが、この話を聞いて、なるほどと思う。
僕が長年所属しているエンタメコンテンツ業界は、ややこしい人たちが集う場でもあるので、裏側でしっかりと調整できる人間が求められる。
ところが、ややこしい人たちの調整はとても難しく、そもそもそういう人たちに近づきたくないと、敬遠してしまう傾向もある。
しかしながら、ややこしい人を放置したままだと、突然そういう人が前面に出てきて、決まりかけた物事をひっくり返すことがよくある。
なので、重い腰を上げて、先に面倒になりそうな人の意向を伺ったり、こちらの事情を理解してもらう必要があるのだ。
僕は、ややこしい人たちから逃げたくないという気持ちもあって、どうやったらそういう人たちに接近できるのかを、ずっと考えて仕事をしてきた。
試行錯誤の結果、とにかくにこやかにして、勇気をもってその人たちの懐に入ることが重要だとわかり、それを長年実践してきたのである。
そうやって身についたのが、本日言語化された「物怖じしないで、明るくどんどんややこしい人たちにも入っていく」才能だったわけです。
自分にはどんな才能があるのだろう?
そんな風に考えた時に、どうしても大谷翔平とか、藤井聡太とか、分かり易い一流どころが頭に浮かびがちですが、私たち一般人はそうはいかない。
ニッチだけれど、目の前の仕事や暮らしの中で重要な役割を果たせる能力を、きっと誰しも持っているのではないかと考える。
僕はひとまず、ややこしい人たちに突入できる才能があると自己分析に加えて、明日からの仕事に邁進したいと思うのである。
