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ピーテル・パウル・ルーベンス / メトロポリタン美術館
自分の言葉で語るとは?
自分の言葉で語れる人ってかっこいい。
でも、この場合の「自分の言葉」とは、なんだろう。
まず先に考えたいのは、「自分の言葉ではない言葉」とは何かということだ。思いつく限り書き出してみると・・・
・他人の受け売り
・よく言われている言い回し
・「面白い」のような抽象度の高い言葉
・誰が口にしても成立してしまう話
と、こんな感じだろうか。
そうすると、「自分の言葉で語っていない人」とは、上記のような他人の言葉や言い回しを借りているだけの人いうことになる。
でも、他の人の言葉や世間一般で使われている言い回し以外の、自分らしい言語を使いこなしている人って存在しているのだろうか。
理論的にはいなそうなのに、自分の言葉で語っている人は確実に存在する。
だからそういう人たちと比べて、自分の言葉で語れていないと感じてしまうのだ。
そうなると、もしかしたら、自分の言葉で語っているというのは、単なる表面的な言い回しの問題ではないように思えてくる。
つまり、語る言葉ではなく、語られる内容にその人らしさが現れるということなんだろうと思う。
「なるほど、結局中身なのかよ」と、当たり前の結論が導き出される。
本当はこの問題はもう少し深めて考えたいところだが、本日出先につき、ここでタイムアップ。
今日のところは、自分の言葉で語れる人は、「自分らしい語りたい中身をものにできているか」が勝負の分かれ目であるという中間結論を得て、文章を閉じることにしたい。
