ライバル同士の戦いは、まだ始まったばかり
今日、買い逃していた将棋世界の7月号をようやく購入した。毎月月初に発売し、いつもならすぐに買いに行くのだが、今月は、海外出張やら体調不良やらで、ゆっくり本屋に行く時間がなかったのだ。
今月号の表紙を飾るのは伊藤匠七段。叡王戦の第三局が特集されていて、伊藤七段が藤井聡太叡王に勝利して、カド番へと追い込んだ一番の写真だった。
伊藤さんは、藤井さんと同じ年の21歳。若手有望株の筆頭で、昨年から一年間で何と三回もタイトル戦に挑戦者として名乗りを上げている。対戦相手は、全て藤井さんである。
伊藤さんは、将棋ファンの間では、若き藤井君に小学生の大会で対局し勝利したエピソードで知られている。小学生の大会ではあるが、藤井君が負けて泣いた映像が残っており、藤井君を泣かせた少年という「肩書」があるからである。
その後、藤井さんはプロ入りやタイトル獲得など、次々と最年少記録を作り、今や八冠全てを独占する絶対王者となった。タイトル戦ではこれまでに負けなしの22連勝を記録するなど、向かうところ敵なしの無双状態である。
伊藤さんは藤井君に遅れてのプロデビューとなったが、すぐに頭角を現し、高勝率を上げて各棋戦で勝ちまくっている。藤井君と同学年ということもあり、若手の有望株として大注目の棋士である。
しかし、着実に力を付けている伊藤さんであっても、藤井さんの壁は高くて分厚い。伊藤さんは、昨年から二回のタイトル戦で藤井さんと戦っているが、一局も勝てずに7連敗を喫している(持将棋が一回)。
今回三度目のタイトル挑戦となるが、これまでの実績からいっても、勝負内容からいっても、伊藤さんの劣勢は火を見るより明らかであった。
ところが伊藤さんは今回、二局目で藤井さんに公式戦初勝利を挙げると、続けての第三局も逆転の勝利をもぎ取り、藤井さんをカド番へと追い込んだ。将棋世界の巻頭特集は、そんな重要な一戦を取り上げていたのだ。
しかし藤井さんも追い込まれた第四局で、伊藤さんに後手番で圧勝し、スコアを二対二に引き戻している。叡王戦は5番勝負なので、次の一局の勝者がタイトルの栄冠をつかむ大一番となった。
タイトル八冠防衛か、はたまた初戴冠か。本日山梨県で行われている叡王戦第五局は、そんな天下分け目の大決戦であったのだ。
勝敗についてはニュースなどで散々取り上げられているので、ここで敢えて語るまでもない。伊藤匠さんが後手番で劣勢の局面から、粘り腰で藤井さんのミスを誘い、逆転の勝利をもぎ取った。
藤井さんと同じ21歳という、非常に若いタイトルホルダーの登場である。
今回の叡王戦5番勝負を見てきて、伊藤さんの研究が行き届いていることに驚きを禁じ得ない。
5局とも「角換わり」と呼ばれる藤井さんの得意戦法に真っ向から挑戦し、全局で序盤の研究勝負では互角以上に渡り合っている。藤井さんの苦手な分野を攻めるのではなく、果敢に得意戦法に挑んでいるのだ。
この勝負を見て、将棋ファンは誰でも思う所だが、羽生善治さん森内俊之さんの同級生ライバルについて、思い起こさせる。
小学生の頃から各地の大会で戦っていた二人は、先に羽生さんがプロとなり7冠制覇するなどの実績を残していたが、あとから森内さんが追いついた。
当時の羽生さんの得意戦法である「矢倉」で何度もぶつかり合い、ガチンコ勝負を繰り広げている内に、勝敗の差も縮まっていった。永世名人の称号は、先に森内さんが獲得している。
二人は同じ年の盟友であり、ライバルであり、将棋界を引っ張っていった強豪であった。
藤井聡太と伊藤匠。この二人に、羽生善治と森内俊之を重ね合わせるのは、とても自然なことだ。
藤井さんと伊藤さんは、さらなる若手の強豪などを交えながら、この先何十年もライバルとしてしのぎを削っていくのだろうと思うと、胸が熱くなる。
ライバル同士の戦いは、まだ始まったばかりだし、きっと将棋人気をけん引していってくれるに違いない。
ところで、伊藤さんのタイトル奪取について、羽生善治将棋連盟会長がコメントを出していた。その内容はともかく、将棋ファンは驚きをもって受け止めた。
というのも、羽生さんは、本日順位戦B級1組の開幕戦を戦っていたからである。コメントが出たタイミングは、まだ羽生さんは絶賛対局中である。
対局の合間を縫ってコメントを出されたのか、それとも事前に二人が勝つ場合のコメントを二種類用意していたのか。その点、現時点で謎である。
ちなみに羽生さんの対局相手は、羽生さんの一つ年齢が上の佐藤康光九段である。なんと本日で二人の対局は170局目で、これは長い将棋界の歴史の中で同一カード対戦記録の第二位となる。
佐藤さんもまた、羽生さんと子供の頃からずっと戦っているライバルの一人である。二人は53歳と54歳。藤井・伊藤と30年以上も年が離れている。
この事実から、将棋界において、ライバル関係となったトップ棋士同士は、ずっと戦い続けなくてはならないということが良くわかる。
なお、羽生さんはコメント出してすぐに、佐藤さんから勝利を挙げている。
