真夜中の、郷田武ヒットパレード『おそだアメ』/ジャイアン大歌手への道!?①

藤子ワールド全体を見渡した時に、最もインパクトのあるキャラクターと言えば、ジャイアンなのではないか。(僕の持論)

「オバQ」のゴジラや、「パーマン」のカバ夫といったガキ大将は大勢いるが、ジャイアンはそうしたキャラの決定版のように思える。

あまりに理不尽な暴力性と、殺人的な歌声や料理テクニックといった随一の個性を備えている。自分を上回る腕力を持つかあちゃんを恐れ、過剰なほどの妹思いでもある。野球をこよなく愛し、ジャイアンズという自分の名前を冠したチームを結成している。

そして何よりあの風貌である。小学生とは思えないほどの巨漢であり、ガキ大将キャラの中でもぴか一の迫力がある。

ドラえもん初期ではジャイ子の兄、スネ夫のお付き程度の扱いであったが、連載が進むにつれてキャラクター性が増長し、藤子ワールドの中でも突出した個性を発揮するに至ったのである。


そこで、そんなジャイアンの最大の特徴である「悪声」と、皆の人気者でありたいという「自称アイドル性」について着目し、連載が進む中でジャイアンというキャラクターがどのように進展していったかを検証することとしたい。

題して「ジャイアン大歌手への道!?」。かなり長期の大型企画となる予定だが、どうぞ最後までお付き合い下さい。


さて、ジャイアンの歌声について、いつからあの殺人的な威力が発揮されたのだろうか。

このテーマは既に記事にしているが、初登場は案外と早く、「ドラえもん」の連載開始から1年10か月後となる1971年10月号でのこと。しかも2本同時(『ショージキデンパ』『ドラえもんの歌』)に、ジャイアンのハタ迷惑な酷い歌声が描かれている。


さらにここから1年10か月後の1973年8月号『キャンデーなめて歌手になろう』にて、再びジャイアンの歌声の酷さが強調される。この作品ではスネ夫に「命に関わる」と評されており、いよいよジャイアンの歌声(ジャイ歌)の真価が発揮されることになる。

また、ジャイアンは自分の歌声でスターになりたいという夢があることも判明する。「ジャイアン大歌手への道」のスタートラインとも言える作品であった。


そして本稿で取り上げるのは、ここから2年3ヶ月後に発表となった『おそだアメ』というお話。本作でもジャイアンの恐怖の歌声がいかんなく発揮されることになる・・・。


『おそだアメ』
「小学四年生」1975年11月号/大全集5巻

「ドラえもん」は立ち上がりからのび太が何かに巻き込まれるなど、すぐに本題に入ることが多い。ところが本作は、のび太が何事もなく学校から帰ってくる。帰宅後はドラえもんとにらめっこの決勝戦をする約束だったが、ドラえもんの姿がない。

しかたなく「一人で昼寝でもするか」と寝転ぶのび太。何事も無ければ、のび太の放課後はドラえもんとくだらない遊びをするか、昼寝をするかしかないらしい。


するとそこで、どこからともなくドラえもんの声が聞こえてくる。「のび太君、そろそろ帰ってきて昼寝してる頃だと思う」と。声はすれど、部屋のどこを探してもドラえもんはいない。

ドラえもんの声はさらに続く。「突然事件が起きて、皆で空き地に集まって会議を開くことになった、間に合うならばのび太にも参加してほしい」という。

そして最後に付け加えるように、「念のために言うと僕はここにいない、この声は今から30分前にしゃべったものだ」と聞こえる。

なんのこっちゃわからないが、ともかく会議が開かれているという空き地へと向かう。

なお、この後、空き地にはスネ夫やしずちゃんが集まっていたことが判明するが、これはちょっと不思議で、なぜ皆と同タイミングで下校したはずののび太が30分遅れで家に帰ったのだろうか。

まあ、一人学校に居残りでもさせられたに違いないが。


空き地へ向かう途中で、よろよろと怪我を負ったドラえもんが歩いてくる。「会議は終わった、いや、止めさせられた」のだという。

そしてここでドラえもんの回想シーン。緊急招集会議の議題は、ジャイアンが久しぶりにリサイタルを計画しているおり、その対策を考えようという、スネ夫の提案であった。

前回のリサイタルからは2年3か月が経過しているので、確かに久しぶりではある。

リサイタル開催の情報を聞いて、安雄は「あのもの凄い音痴な歌を」と顔を蒼ざめ、ドラえもんは「聞くだけで寒気がして吐き気がするあの歌を」と口をあんぐりとさせ、しずちゃんは「何時間もぶっ通しで聞かされるの」と衝撃を受ける。

スネ夫の相談というのは、ジャイアンにこんなハタ迷惑なことを止めさせられないか、ということだったようだが、その話を聞きつけたジャイアンが、暴力的に会議を終わらせて、「ジャイアンくんのリサイタル楽しみだなあ」と前言撤回させたのであった。


リサイタルは明日、しかも3時間ぶっ通しの企画らしい。のび太は「あんなの3時間も聞かされたら、死んじゃうよ」と恐怖に慄く。

歌を止めさせる機械はないと弱るドラえもんだったが、のび太は閃いたように、先ほどの遅れて声が聞こえてくる現象を思い出して、あれは何だったのかと尋ねる。

ドラえもんは、使ったのは「おそだアメ」という、音の伝わり方を遅らせる道具(アメ)だと説明する。このアメを一粒舐めて話をすると、10分間遅れて聞こえるようになるのだという。

のび太はおそだアメをジャイアンに20粒ほど飲ませれば、200分後に歌声が遅れてくるので、3時間のリサイタル中は聞かなくて済むと思いつく。


お試しがてら一粒アメを口にして、のび太とドラえもんはジャイアンの歌声について話す。二人はキャッキャッと楽しそうに会話するが、この声は聞こえてこない。(漫画ではセリフが描かれない)

ただし、二人は会話が通じているようなので、アメを嘗めた者同士は話声が聞こえる仕組みになっているようだ。


するとそこへママが「ちょっと聞いてよ」と言って部屋に入ってくる。いつの間にかご近所の奥様たちとコーラスグループを結成しており、今度発表会があるのだという。そして、「春のうららの隅田川~」と滝廉太郎の童謡「花」を唐突に歌いだす。

歌い終わり、のび太たちに「遠慮なく感想を聞かせてよ」と言うと、二人はパクパクと口を動かすのだが、声は全くママに届かない。

するとここで、先ほどジャイアンの歌声についてバカにしている会話が、10分遅れで聞こえてくる。

「何しろ、聞くだけで胸が悪くなるような歌声・・・、この世の者とは思えない凄まじい音痴のあの歌を、何とか聞かずに済ませたいものだね」

この完璧なるタイミングの悪さ! ママは自分の歌声について、最上級の罵りを受けて、怒り心頭。二人を殴って出て行ってしまう。そして、出ていった後に遅れて、「なかなかいいじゃないママの歌」という賛辞が聞こえてくる。まさしく時既に遅しである。


さて翌日。空き地では郷田商店から持ちこんだと思われる木箱を敷き詰めてステージを作り、「ジャイアン大いに歌う」と書かれた大看板が設置されている。これまでにない、かなりの気合の入れようなのである。

皆、恐怖に顔を引きつらせながら空き地へと集まってくる。スネ夫は耳栓をしてきたようだが、しずちゃんから「バレたら殺されるわよ」と忠告を受ける。

思えばしずちゃんは、のび太たち男子陣と違って、ジャイアンの暴力や借りパクの被害に遭うことはないが、ジャイアンの歌だけは逃れることができない。ジャイアンリサイタルは、男女平等に苦しむ行事なのである。


ジャイアンはステージに立ち、強引に集めたにも関わらず、「僕の歌を聞きたくて大勢集まってくれた」と感謝の意を示す。

そして「お客様は神様です」と付け加えているのだが、この部分は歌手の三波春夫がコンサートで用い、その後漫才トリオのレッツゴー3匹が広めた有名なフレーズ。

本作発表時(1975年)にはすっかり市民権を得ていたお馴染みのフレーズであった。


意気消沈するみんなだったが、のび太とドラえもんは「待ってました!」とジャイアンを乗せる。そしてその流れで、声の良くなるアメだと言って「おそだアメ」を差し出し、20粒ほど飲むといい、と勧める。

いきなりアメを差し出すとは怪しげだが、『キャンデーなめて歌手になろう』の実績があったので、信用したようである。(多分)

するとジャイアンは「20粒と言わず全部いただきましょう」と言って、ザラザラーと手持ちの大量のアメを口に流し込む。この後深夜2時に声が聞こえるようになるので、今が仮に3時として11時間後、66粒ほどを一気に飲みしたことになる。


そしていよいよリサイタル開始。春夫と安雄コンビは「頭を低くして、お腹に力を入れて、気を失わないように」と力を込める。まるで戦場で飛んでくる弾丸を避けるかのような物言いである。

すると不思議、ジャイアンはノリノリで歌っている動きを見せているのだが、歌声は全く聞こえてこない。

これにはスネ夫やしずちゃんも大はしゃぎ。「いいぞいいぞもっとやれ」と、聞こえないのに最高潮に盛り上がるステージとなるのであった。


そして、夜中の午前二時である。遅れること10数時間、実質的に郷田武ヒットパレードが華やかにスタートする。誰もいない空き地で「おいらが歌えばああ、あの子もこの子もふり返るう」と殺人的なジャイ歌が流れだす。

ちなみにこの歌は何かのパロディかなと思って調べてみたのだが、はっきりしたことはわからなかった。本作の2年前に放送された日本テレビ版の「ドラえもん」のオープニングテーマが元ネタだという記事もあったが、敢えて藤子先生が取り上げることもない気がして、違うのではないかと思われる。


真夜中の3時間ぶっ通しの悪声が街中に響き渡り、近所中の大人がドヤドヤと出てきて、皆で郷田家へ抗議に行くことになる。抗議しても既に歌声は発声済みなので、もう止めようがないのであるが・・・。

なお、「あの声はジャイアンとかいうガキ大将ですよ」と身元がすぐに判明していたが、近所でジャイアンの悪名が広がっていることが良くわかる。

あれだけ殺人的と言われる騒音の持ち主なので、昼間であってもリサイタルの度に近所から抗議の声が上がっていたのかもしれない。


さて、次回は、ジャイアンがコンサートだけでなく、レコード収録に挑戦するお話へと続く。



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